イラク戦争の帰結が見える(1)
This is my site Written by admin on 2004年4月30日 – 08:00

こんにちは、吉田繁治です。ニューヨーク(NY)に来て3日目、5
月27日からの講義のための、事前確認のためです。

NY視察・研究ツアーは募集開始後4日目で定員に達してしまいまし
た。その後も19名、そしてついさっき2名のエントリーをいただき
ましたが、やむをえず定員オーバーの案内を送っています。何事も大
型が好きな米国にも45名を超えて乗ることのできるバスはないとの
ことです。申し訳なく思っています。

NYは20回目くらいでしょうか。ロス地域についで多い訪問地です。
いつも、ビジネスのアイデアを見る(観る)ことができる都市です。

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<Vol.187  イラク戦争の帰結が見える(1)>

【目次】

1.マネーの輸入都市
2.マネーの輸入力の根底
3.軍事力と戦闘力は違う
4.イラクの国民自身はどうか?
5.調査結果
6.フセインに対して
7.イラク戦争と統治に関係している機関、国家に関しての見解

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■1.マネーの輸入都市

NYでは成功と失敗が他の都市より早い。成功の数だけ失敗の数も多
い。成功すれば、ブランド化と世界化ができる。これがNYに世界の
頭脳、ビジネスモデル、マネーが集まる理由でしょう。世界ブランド
を得ることが原因で、成功したときの投資の効率が高いのです。

(注)残念なことに90年代以降、「ジャパン・プレゼンス(日本の
存在感)」は薄まっています。マスコミの取り上げ方を含め、目立つ
ようになったのは、やはりチャイナ・プレゼンスです。

NYを一言で定義すればどういった都市になるか。
マネーの輸入都市でしょう。ウォール街がマネーの輸入工場です。

【40%】
米国債では40%を海外が保持しています。1国で最大のマネーを輸
出しているのは言うまでもなく日本であり、その日本でもっとも多額
にマネーを輸出しているのは財務省(外為会計)です。

モノの輸出とマネーの輸出は、普通、逆の方向をとります。貿易赤字
国は、赤字分のマネーも輸入(借り入れ)しなければならない。
米国のマネーの輸入力はどこから来ているか?

■2.マネーの輸入力の根底

【通貨特権】
米ドルは、今のところ世界が信認する「機軸通貨」とされていますか
ら、米FRBの紙幣印刷で貿易赤字をカバーできます。これが「今の
ところ」米国のみに許されている「通貨の特権」です。いくらでも使
えるクレジット・カードをもっていることと同じです。このカードの
信用(=価値)を支えているものは何か?

各国通貨の価値は、外為市場での相場で決まります。相場は短期の投
機です。投機とは、ケインズが言った美人投票です。美人投票で勝つ
には、自分以外の多くの人が美人と思うだろう人を推測し、推測で勝
たねばならない。株式市場も、まったく同じ性格のものです。

通貨価値は「長期」では、(1)政府の財政運用への信用、(2)中
央銀行のマネー発行での経済倫理(マネー規律)、(3)民間企業の
輸出力によって決まると見ていいでしょう。

▼経済のファンダメンタルズ

米ドル、ユーロー、円、人民元を比較してみます。

             米ドル 円  ユーロー 元     
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
政府の財政運用への信用  弱い  弱い  強い  弱い
中央銀行のマネー規律   ある  ない  強い  ない
民間企業の輸出力     弱い  強い  弱い  強い
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

これらのうちどの要素を重視するかで、為替相場の動きが日々変わり
ます。米ドルが信用力を保持できる要素は、FRB(連邦準備局)の
マネー規律(金利の左右力)のみでしょう。FRBは各国の通貨当局
に対し、協調的な動きをさせるリーダシップ力をもっています。

しかしながら米国の機軸通貨特権は、以上の経済のファンダメンタル
ズ(基礎要件)の3要素以外に、(4)軍事力、(5)国際政治力、
(6)リーダシップが加わったものだと見ることができます。これら
の要素ではどうか。

▼軍事力・政治力・リーダシップ

  米国  日本  ユーロー 中国   
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
軍事力          最強 米国の蓋  あり  あり
国際政治力         強   弱    強    強
リーダシップ        強   弱    強    強
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

米国が他の国に比べ突出しているのは、物理的に最強の軍事力を背景
にした、国際政治力とリーダシップです。

以上をまとめて集約すれば、モノの輸出という産業力では弱い米国は、
政治力とリーダシップの元になっている軍事力で(物理的に)突出
しているために、機軸通貨の地位を保持しているということができま
す。

仮想で、軍事力(=兵器力)で欧州、ロシア、中国に負けた米国を想
定すると、機軸通貨特権を米国がもつことは想像ができないのです。

米国の新保守派と言われる過激派は、冷戦後の21世紀を、あからさ
まに露骨に、軍事力で支配することを目指すグループです。彼らの主
張は、以前に紹介した『米国防力の再建』に明らかです。
http://www.melma.com/mag/60/m00021960/a00000153.html

全文は、以下に掲載されています。英語ですが・・・
http://newamericancentury.org/RebuildingAmericasDefenses.pdf

■3.軍事力と戦闘力は違う

軍事力と戦闘力は違います。戦闘力は、軍事力を有効に行使すること
です。高い戦闘力のためには、武器を使う兵士の士気と行動が必要で
す。イラク戦争も、結局は兵士の士気が、推移を決めます。

戦闘力=軍事力×兵士の士気と行動

士気は、まずは、以下の4つのリーダシップに依存します。
1.政治家と軍幹部による、戦争の目的を示す力
2.守るべき価値観、あるいは広めるべき価値観を示す力
3.目的に向かうための戦略の策定力
4.方法と基本作戦を示す力

次に、兵士の行動が有効かどうかは、現場で行動を指揮する司令官の
マネジメント力に依存します。マネジメントでは、軍隊は命令・統制
の典型的な組織です。

以上の内容をもつリーダシップとマネジメントを支えるもので、もっ
とも重要なのは、戦争への国民の支持です。命をかける軍事行動には
、とりわけ強い世論の支持が必要です。

軍部による独裁でない民主政体の戦争は、国民の支持によって成立し
ます。世論の支持が続かなければ、民主政体の国は、戦争の継続はで
きません。

軍部と諜報機関には、世論操作のために陰謀を起こす能力はあります。
民主政体下での諜報活動を含む情報戦と、策略をめぐらせる陰謀の
目的は、軍事行動への世論の支持を得ることです。(戦争は、情報戦
を含みます)

真珠湾事件を含め、米国の軍事作戦が、諜報と陰謀の影を引きずるこ
とこそが、政治家、CIA、国防省が、世論の動向を重視しているこ
とを示すものです。

まとめれば、米国のイラク戦争と対アラブの戦略が、どう向かうかは、
米国の世論に依存します。そしてこの世論の趨勢を決める重要な要
素になるのが、マスメディアの報道姿勢と記事編集のときの判断です。
国民は、マスコミで加工された二次情報で判断をするからです。

(注)軍事過激派である新保守派(ネオコン)は、今、米国内と諸外
国からの世論の支持を失いつつあると思えます。

■4.イラクの国民自身はどうか?

日本や世界のマスコミに出ていないのが、イラク戦争に対しイラクの
国民自身がどう考えているかです。「テロ」と言われている、レジス
タンスの匂いをもつ戦闘やと人質事件については報道されますが、続
発する「テロ」の背景は不明です。

イラク国民の多数派がどう感じ、何を考えているかは今まで報道され
ていない。双方からの作為性の強い情報や映像があるだけです。

イラク戦争の帰結に関して、イラク国民の多数派の意見を省みない論
は、無意味でしょう。

▼注目すべきこと

今日(米国時間4月29日)のUSA TODAYに、イラク海戦後初めての、
イラク国民の世論調査が出ています。紹介しながら、解釈します。

イラク戦争に対してどういった姿勢をとるべきかの判断の根拠になる
でしょう。(日本のマスコミは、おそらく部分的な紹介しかない)

インターネットでは、以下に調査の全内容があります。
http://www.usatoday.com/news/world/iraq/2004-04-29-key-findings2.htm

(記事更新で消えることがあるのでダウンロードをお勧めします)

米国政府も、この調査結果をベースにした戦略修正を行うはずです。
あれほど馬鹿にしていた国連を仲介機関に押したてて、米国の名誉を
守ろうとする最近の動きは、その一環に思えます。

(注)米国の調査機関の世論調査の方法と結果集計は、信用がおける
ものが多いと判断しています。しかし、結果をどういう表現でどんな
時期に発表するかには、マスコミ各社の政治的な意図が加わります。
大手マスコミは、政治の参加者です。

以下で示す調査の実施期間は、3月22日から4月9日です。市民の
大量の死者を出したファルージャ攻撃の前であることに留意してくだ
さい。

(注)米国政府は、USA TODAYの発表前に、調査結果を知っているはす
です。

イラクでの実地調査はUSA TODAY、CNN、Gallupの共同によるもので
あり、対象はイラク国民の3444名とされています。バグダッド市
民と全国のスンニ派、シーア派、そしてクルド族の人口に比例させて、
調査対象者が選ばれています。サンプリングはとしては正当です。

■5.調査結果の骨子

▼1.米国の侵略(invasion)前に比べた暮らし向きは?
(注)invasionは当初から米軍も使っている言葉です。

・相当よくなった   11%
・少しよくなった   31%
・ほぼ同じ      17%
・幾分悪くなった   24%
・相当悪くなった   15%

「相当よくなった」と「少しよくなった」で42%、「幾分悪くなっ
た」と「相当悪くなった」で49%です。ほぼ拮抗しています。

戦闘の終結がないのに、よくなったと答えた人が42%もいるのは驚
きです。(私はこれを20%以下と想定していました。)

▼2.新しいイラクの政体として何を望むか?

・西欧や米国的な、政党制の民主政体     54%
・SHURAと言われる、神学者による合議制    42%
・イランのような宗教的指導者が強い神政   20%
・立憲君主制                20%
・サウジアラビアのような王政        11%
・パキスタンのようなイスラム的民主制     5%
・タリバンが支配していたアフガンのような
イスラム的神政   1%
(複数選択)

問いは、フセイン専制崩壊の後の政体を訊ねるものです。政党制民主
主義(54%の賛意)と、宗教色の強い神政風の政体を望む人が相半
ばしていると見ることができます。

イラクは中東諸国の中では、気運として、経済性と世俗性が強い国と
言われてきました。そうではあっても、神政への希求が根強くあるこ
とには注目すべきです。

西洋の民主制は、宗教による終わることのない価値観闘争への反省か
ら政党制を敷き、政治と法を宗教から分離しています。これが西洋の
近代でしたが、イスラム諸国は、こうした歴史をもちません。

調査結果をみれば分かるように、民主政体であっても宗教による党派
が政党になるでしょう。これは、内乱含みのものなります。

▼3.政治と宗教を分離することについて

・政治と宗教の分離には反対  58%
・分離に賛成         31%

以上の要素を延長すれば、倫理を代表するコーランの神学者が貴族院
議員のような機能を果たす政体が、妥当とされる可能性が高いでしょ
う。

西洋的な、経済的な利害が主導する民主制とは異なる次元のものです。
宗教的価値観が、日常生活、判断、法までを規程しています。

西洋的な法は、民主政体で合意された禁止事項を示します。法を読め
ば、禁止事項は分かります。しかし何を行うべきかの倫理は、法では
分からない。禁止されることを示し、倫理は示唆するのが近代法の方
法です。

イスラムでは、宗教的な価値観が「何を行うべきかの倫理」までを規
程しています。イスラム的価値観では、法と宗教は切り離せないので
す。

(注1)しかしながら、5年後にどんな政体になっているかとの、意
見ではなく予想を聞く問いに対しては、50%の人が、西洋的民主政
体になっていると答えています。このあたりに、イラク国民の現実主
義が伺えます。

(注2)民主主義の基本である言論の自由、宗教の自由、集会の自由
に対しては、順に94%、73%、77%の人の賛意があります。

■6.フセインに対して

フセインを裁判にかけるべきだと思っている人は、イラクの83%で
す。今のイラク国民のフセインに対する態度はどんなものか?

▼1.フセインの罪は何か?

・イラク市民の殺傷の責任        84%
・イラク市民の拷問の責任        84%
・イラク市民に毒ガスを使った責任    83%

圧倒的な多数が、国民への犯罪行為があったと認めています。米軍に
囚(とら)われたフセインを解放しろとの要求が、占領への抵抗派か
らも強くは出ない理由が、ここにあります。

フセイン政権を支持していたのは、少数派のスンニ派だけだったとい
うことが分かります。(他の問いで、スンニ派では、現在も40%か
ら50%は、フセイン支持であることも伺えます。)

全体で言えば、フセインの追放だけに対しては、イラク国民は、米国
の役割を認めています。

▼2.フセインが裁判で有罪になれば、どんな罰が正当か?

・死刑       61%
・無期懲役     21%
・長期刑       5%
・その他       8%

極刑が望まれていることが分かります。

■7.イラク戦争と統治に関係している機関、国家に関しての見解

イラク戦争と今の統治に直接、間接に関係している機関や国家への好
悪を問う質問には、以下のような、興味深い答えが出ています。

好ましい 好ましくない その他
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・新イラク警察   77%    7%    14%
・新イラク軍   72% 7%    14%
・イラク政府委員会 54%   21%   22%

・国連       33%    23%   37%
・フランス     26%    32%   30%
・暫定統治機構   27%    46%   22%
・米国       23%    55%   17%
・英国       19%    56%   19%
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

イラク国民自身(または選抜)が治安や統治に関わっているときは好
ましく、諸外国の関与は拒否する姿勢がはっきり見えます。

国連も不人気で、仏、米、英はもっと拒否されています。

米国の新保守派と英国は、サウジに次ぐ埋蔵量をもつイラクの石油へ
の利権的な関与を戦争目的のひとつにし、イスラエルの勢力拡張を別
の目的にしていますが、これは見透かされています。

米国への反感が55%、英国への反感は56%ということは留意して
おくべきことです。ファルージャ攻撃以後の現在は、もっとこの反感
が高まっていることを推測するのは容易です。

(注)日本の自衛隊は、暫定統治機構(CPA)、はっきり言えば、
誰でも分かっているように米軍の指揮下にあります。

以上のことは、今後の、米国主導のイラク統治(傀儡政権を含む)は
無理だということを示します。米国政府が戦略目的を変えない限り、
混迷は続きます。

大枠では、米国を支持するのは20%〜30%前後、支持しない人が
40%〜50%くらいと判断していいでしょう。

新保守派の戦略は、当初から分かりきっていたように、破綻しました
。これは、もう過去形で言ってもいいでしょう。米国は一刻も早く方
向を転換しないと、相当なダメージを受けます。通貨価値にも、大き
く関わります。米国の政策信用が、下落するからです。

名誉ある撤収のためには、イラクの世論への配慮という正当化が必要
です。憶測すれば、そのためのUSA TODAYによる調査結果の発表に思
えるのです。

イラク戦争以後、初めての重要な調査への日本のマスコミの関心は鈍
いでしょうか? 鋭敏であることを望みますが・・・

他の調査項目の結果と解釈は、次稿で示します。

※4月は、メールマガジン送信が少なかったことをお詫びします。

【2.新刊書】
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