おはようございます。チュニジア、エジプトの政体転覆に続き、両
国の間のリビア、ペルシア湾に浮かぶ島国バーレーンでも反体制の
暴動が起こっています。
「波及」と言っていますが、なぜ波及するのか、理由を見極めねば
ならない。原因は、各国の政体の事情は違っても、2000年代以降の
物価高騰と失業による民衆の生活苦があるからです。異なる原因な
ら、波及はしません。
わが国では、賃金が上がらないデフレ(円の高騰による物価の下落
と、円預金の価値上昇)です。北アフリカと中東では、賃金が上が
らず物価が上がる悪性のインフレです。スタグフレーションとも言
う。
インフレには、
(1)良性の、雇用が増えて賃金が物価以上に上がって、物価も上
がるものと、
(2)雇用は改善せず、賃金も上がらず、物価のみが上がる悪性の
ものがあります。イスラム革命に向かっている国は、(極度ではな
くても)悪性のインフレです。
この波及は、今回と原因は異なりますが、40年も前のフランスに始
まった5月革命(団塊の世代による学生運動:1968年)に似ていま
す。1960年代末の、世界的な学生運動は、戦後ベビーブーマーの大
卒が多すぎ、社会のエリートではあり得ないと言う認識から起こっ
たものです。
北アフリカの反政府革命が、第二次石油危機と金の高騰をもたらし
た「イラン革命(イスラム共和制:1979年)」に至るのか。緊急号
とします。
われわれ個人の基礎生活、金融資産、物価、そして企業の経営に係
わるからです。(注)経営は、営業利益(成果)を上げるためのマ
ネジメント活動です。
「民主革命」と言う人が多い。違います。神学的なイスラム主義を
奉じた、独裁制(長期王制)の転覆だからです。このイスラム主義
は、われわれには、理解がしにくい。
若干、歴史を遡ります。明らかにすべきは、民主制とは何だったの
かです。対照して、イスラム主義を明らかにします。
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<527号:緊急号:アラブ圏の「イスラム革命」が、
世界経済にもたらすもの>
2011年3月2日号
【目次】
1.西欧の民主制の、淵源
2.イスラム主義とは何か
3.イスラム主義の政体と国家
4.第二次世界大戦前の、植民地時代を経ている
5.原油価格に、今も、米欧日の搾取があるのか?
6.ドル基軸通貨体制と、原油の関係
7.原油の搾取問題は、中東の国内問題になった
8.サウジ・アラビアの政体転覆に至るか
9.サウジ・アラビアと米国
10.「ピーク・オイル論」が正しい
11.中東の政府による埋蔵量の水増し
12.国際コモディティ・インフレ
【後記】
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■1.西欧の民主制の、淵源
法、行政、軍事を支配していた王制を倒し、民主制に向かった「フ
ランス革命」の思想(いわば考え方)は、16世紀の、ルネサンスの
後の、18世紀の啓蒙主義(ホッブス、ロック、ルソー等)をもとに
するものでした。(注)思想は考え方です。
王制とともにあった神の秩序から、
・「人間が共通にもつ理性」による認識と、
・自然法(現在の法の源泉)、
・社会契約(国家論)、
・そして政治を言った。
それ以前の中世は、西欧も、神学的な世界観でした。
「政治」は、個人の集合である「社会」においての、意思決定です
。個人を集めた多数派が、法と行政の決定を行うとするのが民主主
義でしょう。
西欧で、民主主義の前提である「個人」という考えが確立したのは
、18世紀の啓蒙主義の考え(特に、フランスの哲学者ルソー)から
でした。個人や個性を重んじる考え(思想)は、ルソー以前はなか
った。
個人を、自分自身の主権者としたとき、今われわれが普通に使う「
個人(Person)」の概念が確立しました。最初はホッブスでした。
それ以前(中世)の主権者は、あらゆる存在の根源とされていた神
でした。この神が、世俗的な王制と、結びついていたのです。
人に備わった「理性と自然権」という概念が、王制や神の秩序に対
置される「実証的な自然科学(学問)」も生みます。神学以外の学
問は、ほぼ、16世紀以降のものです。
中世(15世紀)までの学問は、自然を対象とするものではなく、万
物の根源(創造主)である神の存在と、神の存在を元にした世界観
について思索する神学でした。
自然科学(サイエンス)はなかった。中世は、あらゆるものは、神
によって存在が基礎付けられるとしたのです。神や王に代わって、
理性をもち契約ができる「個人」という概念が生まれたのが、比較
的に新しい18世紀の西欧です。
個人が商取引や雇用するときの、価格と賃金の法則を明らかにしよ
うとする「経済学」もそこから生まれています。合理的に判断し、
自分で決める個人という概念がベースにないと、経済学もないので
す。
「個人が自分自身の主権者」であるという考え(思想)は、選挙制
の「民主主義」を生み、個人を主人公とする「小説」も生みます。
そして個人が自分の主権者ということから、「他人の主権(自己保
存の自然権)を侵さない範囲での、判断、意思決定、そして行動の
自由」という概念も生まれています。
ホッブス(『リヴァイアサン(17世紀)』)は、自己保存の欲望(
自然権)をもって生き、同時に、考えるときの理性をもつ個人を核
とする国家論を説きました。
「理性」は正しく考える方法としての、「科学的な思考」の働きで
しょう。
デカルト(16世紀)の「われ(理性で)思う、故に、われあり」は
、三段論法(=論理学)で、個人の存在の根拠を自分自身とするも
のでもありました。個人の理性を、世界を照らす自然の光とした。
18世紀の啓蒙主義(理性の光で世界を見ること)は、デカルトの考
えの延長です。その時の方法が、感情ではない「論理」でした。理
性は、心の働きのうちの、論理を言います。
科学(実証的な論理)も、ここから生まれる。
神の存在を認めるのは、実証的な論理ではなく、理性と感情が混合
した直感(=信仰)によるものでしょう。あの人を愛するという心
の働きも、理性計算からではなく、感情からです。
他方サイエンス(学問)は、理性による「科学」が原義です。わが
国は明治以降「学問」を輸入(大学が輸入機関)したので、サイエ
ンスの基底に、啓蒙主義が説いた「理性的な個人による認識と自由
」があったことを意識する人は少ない。学問の自由、言論の自由、
大学の自治もその派生です。
君主や神に、主権があるのではない。主権とは、個人の集合たる社
会の「規則(ルール:法)と制度」を決める権利をいうものでしょ
う。
ルソーの『社会契約論』が嚆矢(こうし)でした。ホッブスの、自
己保存と自己利益の欲望の自然権は、ルソーの「社会契約論」によ
って制限を受けたのです。
社会は、個人の集合体ですが、その集合の中で、個人の自然権(自
己保存と自己利益の本能)を、制限なく拡張すれば、「万人の万人
による殺戮の闘争」になってしまうからです。
ルソーの社会契約による主権は、個人の集合たる人民(people)に
あるとし、個人が社会と契約したものが国家である。その契約の中
味は、人民の合意(民主制の議会)で作る「法」であるとした。
個人の主権を認めても、「社会」において人民の合意(議会の多数
)で作った法には、個人が服従せねばならない。
それは、個人を超える「社会の一般意志」だからです。
「一般」とは「個」を超える概念とされます。
*
以上のような西欧型の民主主義と、イスラム(ムスリム:信徒)の
考え方は、異なります。ムスリムは世界で11億人とされ、今も信徒
が増えている唯一の大宗教です。
イスラム教を、呪術風に「宗教」と言うのは、イスラム以外の人か
ら見たときです。イスラム世界では、『コーラン』が科学と法です
。(注)コーランは、読むと、面白い。
【ムスリムの世界観】
イスラム主義では、大前提として、神が作った秩序から、コーラン
の言葉の解釈で世界観を作ります。世界観は、モノの見方と価値観
です。
主義は、われわれも、もっています。共通に持つのは「実証科学主
義」でしょう。これは測定主義と言ってもいい。測定できないもの
は、存在しないとする。
ところが・・・「神の存在」は、疑いようがない自明のものだとす
るのが、イスラム主義です。アラーを認めない無神論は許されませ
ん。
この点が、意識することなく無神論が多いわれわれに、馴染みがな
くなる理由です。
実証科学主義では、「神のように、感じられても実際に見えないも
の」、あるいは、機械を使っても測定できないものの存在は、ない
ものと仮定します。放射線は目に見えない。しかし測定できるので
存在するとします。
じゃ、科学的には測定ができない「愛」は、どこに存在するのか?
われわれの心に存在します。その「心(こころ)」はどこにある
? 測定はできない。でも、確実に、存在します。
科学的に認識や測定できないから存在しないというのは、即断すぎ
ます。神は、身長や体重を測定できない。じゃ存在しないのか?
デカルトは、神の存在を、論理で証明しました。神は全能である。
「全能なもの」を神というとする。神が全能なら、存在するという
能力ももっている。何かの能力に欠ければ、全能の神ではない。従
って、神は疑いようもなく、今、ここにも存在する。
例えば古代エジプトでは、太陽があらゆるものの根源としての神(
ラー)でした。天を目指すピラミッドが造られたのは、太陽神の存
在を認めたからです。天空の太陽に至るのが、ピラミッドでした。
確かに、科学的にも、太陽がなければ、植物と動物の生命は存在で
きない。地球上の全生命がなくても、太陽は存在できる。論理で言
えば、太陽が主の存在で、われわれの生命は、太陽に従属した存在
でしょう。エジプトの民はそう考えた。
5000年前の古代エジプトの人は、全員、頭が悪かったのか? そう
ではない。高度な数学と幾何学はあっても、世界観について「個人
による実証的な認識」という考え方はもっていなかっただけです。
日本で言えば、本居宣長の『古事記伝』がそれでしょう。今は古事
記と言えば、皆が、「神話だ(=嘘が書いてある)」と言いますが
、古代の日本人にとって、古事記が描いた世界が「現実」でした。
その延長で「源氏物語」を読むと、今は呪術としか言わない世界観
が分かります。病気の治療法は、祈祷だった。何かの厄(わざわい
)や、人からの恨みがもたらしたのが、病(やまい)だったからで
す。そのため、魂を鎮める。それが祈祷だった。
現代の神社でのお祓(はら)いにも通じます。ストレス(認識の歪
み)が病の原因と言えば、現代医学にもなる。「気」です。元気、
病気と今も言うでしょう。
そのため祭祀が政治だった。首相や大臣は、今も、天皇が花押のあ
る認証状を渡していますが、これは、現代の祭祀でしょう。結婚や
死の際に行う儀式も同じです。
【想像】
天に存在する疑いようがない「日本神」の言葉を、秘儀で預かる預
言者を天皇とし、その日本神を万物と世界の創造主と考え、あらゆ
る存在を基礎づけると仮想すれば、「イスラム主義の世界観」も想
像できるでしょうか。アッラーが、それです。
■2.イスラム主義とは何か
イスラム主義は、「西欧的な、理性をもった個人」を主権者と位置
づける民主の考え方(思想=イデオロギー)とは、異なります。
神が作った秩序と法である「教典(コーラン)の考え」を実現する
ことを目的とする。その意味で、神学的な世界観です。
「イスラム法」は、「唯一神のアッラーを信仰するイスラム教典(
『コーラン』)」を法源とし、法源の解釈を元に、民法(法の元)
、刑法、訴訟法、行政法などの法体系を作るのが特徴です。
ムバラク体制を覆した母体の「イスラム同胞団(野党のスンニ派)
」は、西欧的な民主主義による「世俗法」ではなく、コーランを法
源とする「イスラム法」が規定する「イスラム国家の樹立」を目指
しています。
イスラム法は、多くの人にとっては儀式としてしか残っていないキ
リスト教や仏教と異なり、21世紀の社会と個人生活における行動規
範(西欧的に言えば「倫理」)にもなるのが特徴です。
戦前は、中等教育があった倫理(=道徳)も、戦後のわが国では、
理解しにくい。その意味は「人の道」です。
新渡戸稲造が、西欧と米国に向け、日本の表現として書いた『武士
道』を思えば、倫理の意味が理解できるでしょう。武士道は、当時
は官僚だった武士の生き方(人の道)でした。
企業ではこれを「価値観」、つまり、事業活動において何を他より
重んじるかという規範と言っています。イスラム法は、こうした倫
理も規定します。
(注)イスラム教国家でも、トルコのように、議会が作る「世俗法
」を敷く体制もあります。世俗法は、議会が決めた法を言います。
イスラム教を二分するスンニ派とシーア派にも触れねばなりますま
い。
【スンニ派】
スンニ派(スンナ派)は、信徒数(ムスリムと言う)で最大(85%
)で、古来の慣習(=スンナ:神と信徒の約束)に従うという意味
をもっています。シーア派との比較で言えば、穏健です。
【シーア派】
他方、スンニ派と二分されるシーア派は、ムハマンド(神の言葉を
預かった預言者マホメット)の子孫とされる宗教的な指導者(イマ
ームと言う)によって、スンナ(神との約束や慣習)を変更できる
とします。
しかしスンニ派とシーア派に、教義上の対立があるのではない。細
部では不正確な例えですが、カトリック(教会派:バチカンに教皇
がいる)とプロテスタント(教会ではなく聖書中心主義)の違いに
類似します。
イランは、宗教的指導者(イマーム:例えばかつてのホメイニ師、
現在はハーメネイ師)の判断をコーランの解釈とする「シーア派」
が多数です。
他方、サウジ・アラビアはスンニ派が多く、バーレーン、シリア、
エジプト、イラクには「スンニ派」が多い。
一般に言えば、多数派(スンニ派)から、過去の遺恨的な迫害を受
けることも多かったシーア派が、革命の担い手になることが多い。
サウジのスンニ派は、シーア派に比べ、穏健と言われます。
付記すれば、「イスラム共同体」を急進的に目指すとされる「イス
ラム原理主義」は、過激派に対し、西欧側が名付けたものです。イ
スラム共同体が、イスラム主義における国家の概念です。
イスラエルと対峙し、領土の奪回で抗争しているパレスチナの「ハ
マス」は、原理主義とされます。ハマスは、イラン、シリアが支持
し軍事支援しています。命を捨てる自爆テロは、ハマスに多い。
日本でも70年前、西欧の実証科学の洗礼を受けたあとのはずの時代
(明治以降)にも、天皇の国を守るための、学徒の特攻隊という自
爆がありました。
われわれがすっかり忘れた、自己の生命より大切なものがあったか
らです。武士道では、主君への忠義は、自己の生命より大切だった
。森鴎外(『阿部一族』)を読むと、主君への殉死は武士の最大の
名誉だったことが分かります。
▼搾取論
●イスラム主義が、米国・西欧と対立する原因は、植民地の時代を
経ているため、「アラブ人民の貧困の原因は、米欧の石油における
搾取である」という考えが根強くあるからです。
アラブは、米国・西欧を、王家を籠絡した支配階級と見ています。
(注)日本に対する態度は、若干、温度が異なります。第二次世界
大戦で、米欧による世界支配に反抗した有色人種と見る見方が、残
っているからです。
トルコの親日は、それが淵源です。しかし、日本が米英側に立って
参加したイラク戦争後、その好感は弱くなっています。
【イスラム主義が反米になる理由】
以上のため、親アメリカ、親イスラエルであったムバラク政権は、
不正蓄財(隠し資産$700億とされる)の摘発とともに、転覆され
ることになった。
アメリカ、イタリア、スイスの政府から資産凍結($300億)され
たリビアのカダフィ大佐も同じです。
ウィキリークスでの、米国公電に現れた政府の極秘情報の暴露も、
一役かっています。ウィキリークスは、中東の王家、特にサウジ・
アラビアの王制の、自己利益を図る腐敗を暴いています。
【今回の反政府運動の直接の原因は、生活苦】
2000年代の大衆の、資源・食品価格の高騰による生活苦と、リーマ
ン・ショック以降の失業増が、王家、支配階級の蓄財を不当と見る
大衆運動を生んでいます。
原油利権や政治利権をもつ、政治的な指導者及びそのグループと、
人民の間に巨大な貧富の格差があり、これが、国民と国家の紛争の
原因でしょう。
金融資産が凍結されたムバラク大統領と一族の蓄財は、$700億(5
.7兆円)とされています。一方で、1日で$2の所得しかない人が30
~40%もいます。リビアのカダフィ大佐の蓄財も$300億(2.5兆円
)とされ、米国の金融機関が凍結しました(FT紙:11.02.28)
●チュニジア、エジプト、リビアの政治体制の転覆を、民主革命と
いう人がいますが、それは、18世紀、19世紀の西欧的な意味、つま
り個人の主権の確立による民主革命ではありません。この点を理解
していないと、今後の展開が分からないのです。
■3.イスラム主義の政体と国家
1979年に、親米のパーレビ国王を追放した革命後のイラン(イラン
・イスラム共和国という)を例に取ります。
【宗教的指導者】
立法・司法・行政の上に、ハーメネイ師(現在)のような宗教的指
導を置き、各長官の任免権を独占します。
宗教的指導者は、聖職者会議で決めます。バチカンにいるカトリッ
クの教皇の制度に似ています。ただし聖職者会議(任期7年)のメ
ンバーは任命ではなく、国民の選挙で選ばれています。
【大統領は行政の長】
行政の長は、任期4年の大統領(イランでは、髭面のアフマディネ
ジャド)です。国民の直接選挙で大統領が選ばれ、各大臣を任命し
て国会で承認を受けて、行政機構を統括する内閣を組織しています
。
【民族国家や国民国家とは異なる】
われわれは、第二次世界大戦後の「民族国家や国民国家」という考
え(思想)を当然のものとしていますが、イスラム主義にとっては
民族の代わりを果たすのが、イスラム教内の宗派です。
すべて「コーラン」の解釈、及び伝統的でイスラム的な価値観(ス
ンナ)を奉じる国家という概念でしかない。その意味で、宗教が線
引きする国家です。国家の概念も、われわれとは異なります。
コーランの解釈権が誰にあるかの違いを原因に、宗派があるのです
。
■4.第二次世界大戦前の、植民地時代を経ている
われわれが馴染んでいる「中東(Middle East)」という概念は、1
9世紀以降、軍事と工業力で突出していた英国が、インド以西を植
民地にするとき英国から見た西アジアを言ったものです。英国から
見れば、アジアは東です。極東が日本です。
七つの海を支配した英国、及び金本位制のポンドが、世界の基軸通
貨であった時代です。軍隊による帝国主義(侵略を正当化)と、基
軸通貨は、同根と言っていい。ドル基軸通貨は、戦後のブレトンウ
ッズ体制(1945年)以降です。
(注)基軸通貨(Key Currency)は、実は、無くても構わないも
のです。貿易は、各国通貨の関係で行えばいいからです。輸出・輸
入のとき若干複雑なレート計算が必要ですが、通貨の増発ができる
基軸通貨の特権国(今は米国)に富を吸い上げられることはなくな
ります。
現在の世界体制は、米ドルによるマネー帝国主義です。
あと10年も経つと、これが、確実に、誰にも分かるでしょう。
歴史の渦中では、その体制が何であるか、見えにくいのです。
植民地は、本国が他国の民を支配し、従属国の産物を低い価格で搾
取する制度です。宗主国はその分、豊かになる。第二次世界大戦前
の「帝国主義」は、列強とドイツ・イタリア・日本による植民地の
争奪を行うものでした。戦争の原因も、経済的なものです。
▼戦後の中東に、国境の線引きをした米英
ユダヤ人国家のイスラエルを含み、中東の今の国家群は、第二次世
界大戦の戦勝国だった米英の主導で、線引きされています。
国策にも連動する、英米系の石油メジャーが、中東から原油を安く
買って、市場への供給を調節することで、売買の利益を確保するの
が目的だったからです。
(注)今の6大国際石油メジャーは、エクソンモービル(3.9兆円)
、ロイヤル・ダッチ・シェル(3.7兆円)、BP(2.5兆円)、シェブ
ロン(1.8兆円)、トタル(1.9兆円)、エコノフィリップス(1.6
兆円)です。
上記の国際メジャーに、あるときは協調、別の時には対抗するのが
、産油国の国策会社、サウジアラコム(サウジ)、ペトロブラス(
マレーシア)、ペトロブラス(ブラジル)、ガスプロム(ロシア)
、中国石油(中国)、イラン国営石油、ベネズエラ国営石油の、「
新セブン・シスターズ」です。
王家のサウジアラコム以外は、ほぼ反米英です。
米英系メジャーによる原油価格の支配力は、産油国に国策会社が作
られた1990年代以降、弱くなっています。
国際コモディティが価格上昇を始めた2000年以降の資源価格高騰は
、サウジ・アラビア(サウジアラコム)と米英系メジャーによる価
格支配力の低下があるからでしょう。(注)日本は、米英系メジャ
ー側です。
こうした「資源植民地」の記憶が、イスラム主義が、反米英になる
根源です。
【原油利権】
中東への、米英の政治的な、あるいは軍事的な関与の目的は、常に
、原油への利権でした。
第二次世界大戦後の中東には、米英が絶えず、MI6(英国の諜報機
関)やCIA(米国の諜報機関)を尖兵に、軍事介入してきています
。
『映画007』は、MI6のコードネーム007のジェームス・ボンドを、
虚のフィクションとして描いたものです。オスマン帝国からの、ア
ラビア解放を目指した「アラビアのロレンス(英国人)」も元はMI
6でした。
1979年に、親米のパーレビ国王を追放した革命後(第二次石油危機
を生んだ)のイランが、米国を敵とし、米国が9.11以降イランを悪
の国家としたのは、革命後のイランが、英米メジャーの原油利権を
、イラン国有石油会社(国有化)によって剥奪したからです。
イランは、原油を米ドルではなくユーロで取引しています。
そのため、反米とされる。ここが根底です。
■5.原油価格に、今も、米欧日の搾取があるのか?
【1973年の、第一次オイルショック以前は・・・】
米欧及び日本が、原油輸入で、中東を搾取する時代は確かにあった
。1973年以前の、原油1バーレル(159リットル)が$1だった時代
です。この原油価格が、全資源の価格を決めます。
1973年以前の米欧日(先進国10億人)は、安い資源を元にした、戦
後の、先進国の経済高度成長の時期でした。この時期までは確かに
、米欧日が、産油国の所得を搾取していたと言えるでしょう。
【原油価格と国際コモディティ】
原油価格がベースになって、他のエネルギー、及び金属資源、そし
て穀物、食品(まとめて国際コモディティ)の価格が決まります。
その意味で、ベースとなる原油価格が経済にとって肝心です。
国際コモディティは、米国と英国の市場(商品取引所)で、米ドル
で価格が決まる商品群です。
二度のオイル・ショック(1973年とイラン革命の1980年)を経た後
の原油価格は、2002年頃まで、$15~$30付近と安かった。
1973年の第一次オイルショック(原油が10倍に高騰)は、1971年に
、米国が「金・ドル交換制」を停止し、価値が下がるペーパー・マ
ネーにしたことから起こったものです。
アラブがゴールドの証券だと思っていた米ドルが、一夜で、担保が
ない紙幣になったからです。
原油とゴールド価格の高騰は、米ドルの価値下落でもあります。
20世紀の資本主義は、モノで言えば、石油資本主義とも言えます。
▼2003年のイラク戦争後に、原油は$30から$147に高騰した
反米的だったフセイン政権を倒すための、多国籍軍のイラク侵攻(
2003年:イラク戦争)を契機に、中東の政情不安を材料にして、原
油価格の高騰、言い換えれば、原油に対するドル下落が始まります
。
(注)通貨間の交換レートは、相対的なものに過ぎません。
モノの価格との関係が、通貨の本当の価値です。
リーマン・ショック前の2008年8月は、ピークで1バーレルが$147
まで高騰していました。原因は、中国の需要急増を材料にした、ヘ
ッジ・ファンドの先物買いでした。
金融危機後の2008年末には、9.15の金融危機後(信用の収縮)の不
況による、生産活動の低下つまり原油需要(特に中国)の減退から
、1/4の$40に低下しました。
しかし中国を筆頭にした新興国の生産活動の回復があった2009年か
ら、再び騰勢を強め、$80付近を波動していました(2009~2010)
。
北アフリカ危機の今、アラブに近い英国市場の北海ブレント原油は
、2008年8月のピークに近い$120をつけています(11.02.24)。
(注)原油の価格指標は、欧州が英国市場の北海ブレント、米国市
場はWTI、日本を含むアジアはドバイ市場です。三種の市場で若干
の価格が異なります。いずれも、ドルベースで価格をつけます。
■6.ドル基軸通貨体制と、原油の関係
この3市場とも、原油が米ドルベースの価格であることが、ドル基
軸通貨体制(=貿易に使う通貨が米ドルとされること)の、根底の
原因を形成しています。
●原油価格がドル以外で計られるように変わると、今のドル基軸通
貨体制は、終わります(重要)。原油の多くがドルベースの価格で
あり、そのドルで、原油以外の国際コモディティと商品も取引され
ていることを原因に、ドル機軸通貨体制があるからです。
以上が「基軸通貨としてのドルの地位」がある理由です。米国は、
基軸通貨の、この独占的なメリットを国益としています。ドル紙幣
の発行で、資源・商品を買うことができるからです。
基軸通貨の位置を脅かす国に対しては、戦争すら仕掛けました。
ドル価格での原油が、ドル基軸体制の根です。
【イラク侵攻の理由】
フセイン政権を倒すためのイラク侵攻を、2003年に行った理由は、
フセイン大統領が、イラク原油の輸出代金を、米ドルからユーロに
変えたためです。(これは、当時の米政府高官自身が言ったことで
す)
イラクのフセイン大統領は、サウジ王家に代わってアラブの盟主(
産油国の盟主)の地位を狙い、アラブ諸国に対し、貿易通貨をドル
からユーロに換えることを、画策していました。
中東最大の産油国サウジ・アラビアが、(仮に)ユーロに変えれば
、世界のドル離れは、雪崩のような動きになるでしょう。
仮にこうなれば、約半世紀の米ドル基軸通貨体制は、終わります。
これは、通貨間の相対価値ではドル安・ユーロ安、そして円高・元
高を意味します。
貿易通貨としての、世界のドル需要が減り、$6兆(490兆円)のド
ル債が売られるからです。この$6兆は、世界各国政府が貿易のた
めの外貨準備として貯めているものです。
1990年代以降工業化した、中国と旧共産圏を含む新興国(約30億人
)のドル需要(=ドル証券買い)が強かったため、米国の赤字が増
えても、1990年代と2000年代のドル機軸通貨体制が強化・維持され
たと言っていいのです。
▼米国の国益論
機軸通貨の特権(「セニョレッジ」とも言う)を、最大の国益と知
っている米国にとって、死守すべきは、世界の原油取引における「
ドルでの価格付けと、ドルでの売買」です。
19世紀は英国が、20世紀は米国がこの特権を享受しています。
「通貨というソフトによる植民地政策」と言ってもいい。
米英が、資源・エネルギーと食品を含む国際コモディティに対し、
ドル建てで価格をつける市場(商品取引所)をもつ理由は、そこに
、ドル基軸通貨体制の根源があると知っているからです。(注)今
、中国とアジア諸国に、いずれ価値が下がるドルを忌避する動きが
あります。
【想像】
以上の仕組みは、円で国際コモディティの価格が付き、円で貿易さ
れることを仮想すれば、容易に分かります。
米ドルの、日本政府の外貨準備100兆円(貿易用マネーのストック
)は必要がなくなり、資源・商品の輸入には、円や円国債を刷って
渡せばいい。相手国が、貿易のために円を必要とするからです。
他国は、円の外貨準備が必要になり、優秀な商品を作って、日本へ
の商品輸出に励み、円を稼ぎストックしなければならない。日本に
は、貿易赤字と同じ額の資本輸入(他国による円国債買い)が起こ
りますから、豊かになり得ます。米国が味わっている「基軸通貨特
権」がこれです。今ドルの新発国債の50%は、海外が買っています
。
円が世界の貿易通貨になることはありませんが、当方は、日本の将
来のためには、今のドル基軸体制が壊れたほうが国益(国民益)に
とっていいと考えています。
官民で500兆円もドル債を貯め、その価値が下がって損をすること
はなくなるからです。今のスイス・フランのような位置を円が占め
れば、国民益は高まります。そうなると、もともと工業力がある日
本は、スイス人より豊かになります。通貨はそれくらい重要です。
■7.原油の搾取問題は、中東の国内問題になった
2009年から原油価格高騰は、
(1)需給面では新興国の工業生産の回復で、原油消費量が増えて
いるためです。
(2)投機面では、英米系ヘッジ・ファンドによる、国際コモディ
ティの先物買いです。
資源・エネルギー・食品の、包括的な価格指標(ドル建て)である
ロイター・ジェフェリーズCRB指数は、09年の年間平均価格248が11
年2月で351へと41%も高騰しています(日経新聞経済統計)。
【国際コモディディの高騰】
2000年代の資源・エネルギー・食品の「基礎物資」は、高いインフ
レ率の中にあるのです。1990年代とは、様変わりしています。10年
で、原油は3倍から4倍に、金も3倍から4倍に上がっています。
商品物価のデフレが言われますが、原材料とエネルギーの基礎物資
は、2000年以降、激しい高騰の時代に入っています。卸売物価(企
業物価)に、これが現れています。円高の分、日本では見えにくい
のですが、ドルベースで見ればこれが分かります。
(注)インフレ率は、有形の商品の、小売店等の消費者物価指数(
日本では584品目)で図ります。店頭物価と言っていい。資産価格
や株価、医療費、教育費、電気ガス料、通信費、公共料金等は含み
ません。家計支出ではこうした無形の商品が50%以上です。国際コ
モディティの上昇は、円の消費者物価では見えないのです。
http://www.stat.go.jp/data/cpi/7.htm
【過去のような搾取はない】
高くなった$80~$100付近の原油価格で、産油国の所得を先進国
が「搾取」しているかと言えば、それは、明らかに異なるでしょう
。
●現在の、中東の問題は、産油国の内部における、独裁的な支配階
層による、国民の富の搾取です。
1990年代に比べ、原油価格は4倍に上がった。国家の収入は4倍に増
えた。しかし、国民の生活水準は、原油価格の3倍、4倍への高騰ほ
どは上がっていない。
逆に、2000年代は、穀物、食品、及び生活の基礎物資の高騰と失業
で苦しくなった。これを変だとする勢力が、今のイスラム革命の担
い手です。
これからの、われわれの基礎生活の水準を決める「国際コモディテ
ィ価格」が、2011年、2012年に大規模に想定される「イスラム革命
」によって、どうなるかを見極めます。
イスラム主義ではありませんが、中国も似ています。中国共産党の
幹部、いわば支配階級の(おそらくは)不正があるだろう個人蓄財
に対し、貧困な国民からの怨嗟がある。この点で、イスラム革命の
原因と同根です。共産党独裁は、いつまでも続くことができる体制
ではない。
■8.サウジ・アラビアの政体転覆に至るか
今、内戦に近いリビア(産油国)は、近々、カダフィ大佐と一族が
、追放されます。断言できます。まだ起こったことではありません
が、軍隊の方向転換が予想されるからです。
外敵から国民の生命と資産を守る国民軍か、カダフィ体制を守る軍
かの選択のとき、エジプト軍は、「自分たちは国民に銃口を向けな
い」ことを選んでいます。
軍隊は国民軍なのか、今の支配階級の資産と政治体制を守るものか
という倫理論です。わが国の自衛隊は、何を何から守るものか?
自衛隊にこの論はあるでしょうか? 国防と言ったとき、その国は
何かです。
【リビア】
リビアは原油埋蔵が世界8位の443億バーレルとされ、生産量は日産
で165万バーレル水準(サウジアラビアの1/5)です(英国のBPによ
る)。
【わずかな需給での変化が、価格を大きく変える:重要】
原油は、あらゆる工業と一次産業に必需な資源なので、世界の日量
需要8580万バーレルに対し、仮に5%(430万バーレル)の供給不足
が生じると、相場は3倍(例えば1バーレル$300)にも急騰すると
されます。これを調節してきたのが、サウジ・アラビアです。
(注)原油と資源価格高騰は、1973年と1980年のオイルショック時
そうであったよう、短期の株価にとっては、悪材料です。
【サウジ・アラビアの親米王家】
親米英のサウジ・アラビアは、日産860万バーレル(世界需要の約1
0%)から、900万バーレルに緊急増産することを発表しています。
革命が起こりつつあって、内乱からのリビアの原油生産の減少(日
産160万バーレル)を補うためです。
サウジの現政府(ヌアイミ石油相)は、かねてより「1バーレル$7
0~$80」が最適価格水準と言っています。
サウジ・アラビアの、親米的な王家(アブドラ国王)がどうなるか
?
【バーレーンは、米国の軍事拠点】
隣国のペルシア湾の島国、サッカーで有名なバーレーンでは、反米
と政府の、デモが起こっています。人口79万人と少ない。しかし1
人当たりGDPは、$3.4万と先進国並みに高い。(注)日本の1人当
たりGDPは$4.6万(375万円)です。
中東の産油国は、1人当たりGDPは大きい。問題は、国民の中の、長
く続けることは不可能な所得格差と、王家の腐敗です。
豊かな国バーレーンには、米国の中東戦略の拠点になる「第五艦隊
司令部」があります。米国の中東への軍事関与とロジスティクスの
要になるものです。「極東」の沖縄に似ています。
第三艦隊は沖縄やアジアですが、第五艦隊はアラブへの前方展開で
す。「前方展開」は、アメリカの国防の方針です。米国を守るため
に、海外に基地を作ります。
バーレーンでもイスラム革命が起これば、日本が原油を依存してい
るサウジ・アラビアや、アラブ首長国連邦にも飛び火する可能性が
高くなります。
■9.サウジ・アラビアと米国
【バーレーンの政情不安と、サウジの国内事情】
サウジ・アラビアでは、バーレーンに呼応し、シーア派(15%の少
数派)が、来る3月11日に、大規模なデモへの、国民の参加を呼び
かけています。
バーレーンは、シーア派が多数です。他方、サウジ・アラビアの多
数は、穏健なスンニ派です。しかし、サウジ内のシーア派(15%)
の居住地は、東部の油田地帯が多い。スンニ派は王家に対し穏健で
すが、シーア派には反体制が多い。
サウジ王家はイスラム革命の波及を、恐怖しています。1979年の、
イランのパーレビ国王の追放を身近に見ているからです。
サウジ政府は、隣国バーレーンが政情不安になるようなら、バーレ
ーンの王家を、あらゆる手段をとって、支援すると言っています。
サウジの、アブドラ国王兼首相は、暴動と革命の波及を怖れ、急遽
、総額2兆9000億円で、公務員給料を上げ、失業対策を行い、国民
には$380のばらまきを行うとしています。
【王家と米国の関係】
米国とサウジの王家は、1945年以来、強い、軍事的な同盟関係を結
んでいます。日本のように、米軍がサウジに駐留しています。
原油街道であるペルシア湾を挟む隣国の大国イランと、サウジ・ア
ラビアは対立関係にあります。そのイランに戦闘機等の武器供与を
しているのはロシアです。
サウジ・アラビアは人口2570万人、1人当たりGDPは$2.4万で、日
本人1人当たりGDPの約半分です。通貨(リアル)は、ドルペッグ制
です。
【ドル・ペッグ制の意味】
ペッグ制は、リアルがドルに対し上がる勢いの時は、政府がドル買
い(=同額のリアル売り)を行って、米ドルとの関係を一定に保つ
仕組みです。
●$の発行権をもつ米国にとっては、ドルペッグ制の国は、ドル通
貨圏の経済になる。
サウジ・アラビアは、原油で稼いだドルをドル証券の保有とします
。米国が資源輸入で貿易赤字を出しても、サウジに渡ったドルは、
米国に還流したことと同じになるからです。
世界の輸出黒字国が、商品代金としてドルを受け取り、そのドル債
を貯める間、言い換えれば、米国にとっての貿易赤字が、ドル建て
の証券買いとして還流する間は、米国が貿易赤字をファイナンスす
る資金(商品代)に困ることはない。その仕組みが「ドルペッグ制
」です。
中東で、最大の親米国がサウジ・アラビアです。
【中国と日本】
ドイツ以外では世界最大の貿易黒字国になった中国も、極狭い範囲
で元とドルの関係を維持する「事実上のドルペッグ制」です。中国
政府は、時折反米の姿勢も見せますが、経済と通貨では日本と同じ
「親米国」です。
経済と通貨で、世界最大の親米国は、言うまでもなく、金融資産と
して貯めたドル証券を500兆円もつ日本ですが、中国は日本に次ぐ
のです。
中国に次ぐ経常収支黒字国の日本は、変動相場制ではあります。し
かし、経常収支の黒字で、ドル債を増加買いしていますから、米国
に資金還流させる国の一員です。
米ドル基軸通貨体制は、サウジ・アラビア、中国、日本の3国が守
っています。3国がドル債を定常的に買うため、ドル基軸通貨体制
があります。紛れもない事実が、これです。
サウジは中東の中では国民が豊かなので、エジプト(サウジと同じ
スンニ派が多数)のようなイスラム革命は起こらないと見ている人
が、今は多い。しかしスンニ派の中の、イスラム原理主義が最も多
いのもサウジ・アラビアです。
サウジは、教典『コーラン』とスンナ(神との契約:慣習)を憲法
としています。内閣や国会に相当するのが「諮問評議会」で、これ
は選挙で選ばれます。言論統制は強い。
サウジ・アラビアにイスラム革命が波及し、王制が倒れるとどうな
るか。反米・親ロシア(あるいは親中国)の、イランのような政体
が想定できます。原油と資源価格はどうなるか?
今、産油国で、市場の盟主の位置にあるのが、サウジ・アラビアで
す。
この盟主の意味は、サウジ・アラビアが生産量を調節し、価格調整
しているということです。サウジ・アラビアは世界1の採掘可能な
埋蔵量を背景に、価格を下げたいときは増産し、上げたいときは減
産していました。
■10.「ピーク・オイル論」が正しい
原油は、
・新しい油田の発見から、発掘に向かう時期は生産量が増え、
・採掘可能な、地下埋蔵量が固定したとき、生産量がピークになり
、
・ピークの後は、油田に原油埋蔵が残っていても、経済的に生産で
きる量が減るため、価格が高騰するというのがピーク・オイル論で
す。
温泉の100%汲み上げが不可能なように、温泉よりはるかに深い地
中の油田も、埋蔵量の50%を採掘すると、それ以降の採掘が次第に
困難になるという論です。
この論は正しいと思えますが、石油会社からは、抹殺されています
。
埋蔵量の50%が採掘された時期がピーク・オイル(経済的な生産量
の頂点)の時期とします。
ピーク・オイル論で、新たな大油田の発見がなくなって、経済的な
原油生産のピークになるとされていたのが2000~2005年です。原油
がなくなるという意味ではない。
生産コストと市場価格が上がって行くというものです。2000年以後
、原油・資源価格が高騰する時期に入ったことは、ピーク・オイル
論に見合います。
(注)原油高騰は、日本にとっては、生活コストの上昇であり、産
油国への所得移転です。しかし、今米国に累計で500兆円も資金供
与していますから、それよりははるかに少ない。当然に、円高が日
本のためです。通貨が下落する国の国民生活は、商品物価高騰で悲
惨です。原油の高騰は、世界でもっともエネルギーを使う米ドルの
下落です。
ピーク・オイル論では、原油の可能な採掘年数(常に、40年や50年
とされる:R/P比とも言う)に至るはるか前に、激しい価格高騰が
来ることになります。
●原油では、5%(360万バーレル)の供給不足が起こると、市場価
格は3倍になると見られています。必需資源だからです。
今から先を言えば、1バーレルで$300と今の3倍や、あるいは$500
(5倍)です。親米のサウジ・アラビアの王制は、いつまで続くか
? これが大きく係わります。後2年、もつでしょうか? 疑問で
す。
主な産油国の原油生産(日産量:単位バーレル)は、以下のような
推移をしています。(注)各国の公的統計データより合計
1960年 2099万バーレル(原油1バーレル$1の時代)
1970年 4589万バーレル(1973年 第一次石油危機)
1980年 5956万バーレル(1980年 第二次石油危機)
1990年 6049万バーレル(日本のバブル崩壊始まる)
2000年 6849万バーレル(資源価格高騰が始まった)
2005年 7344万バーレル(米国の金融景気、住宅高騰)
2009年 7226万バーレル(115億リットル)
http://www.eia.doe.gov/aer/txt/ptb1105.html
(注)なおIEAが集計する世界の原油需要は、2010年で8578万バー
レル(136億リットル:日量)です。2035年は9900万バーレルに15
%増えるとされています。その時の価格は、微温的に見れば1バー
レル$200とされてはいます(IEA)。
世界の69億人(2010年)で言えば、1日2リットル(1升瓶が1.8リッ
トル)が原油の消費量です。1ヶ月60リットル、1年で700リットル
です。200リットルの浴槽の、3.5杯分の原油を1人が使っているこ
とになります。
日本人は、世界平均の3倍の1日6リットル、1年で浴槽10杯分です。
米国は1人当たりで日本人の約1.5倍です。これが、われわれの文明
、生活、商品を支えています。
人口減の日本と異なり、現在69億人の世界人口は、1年に1億人(1.
4%)も増えています。10年で10億人増えます。中国(13億人)が
もうひとつ誕生する規模の人口増です。
21世紀は、日本からは見えませんが、地球規模では人口爆発の時代
です。これは資源、エネルギー、食品、穀物の需要が、どんどん増
えることを意味します。
【原油埋蔵には、悲観と楽観論がある】
悲観論は、油田の発見技術と採掘技術の発達があっても、原油は1.
8兆バーレルの可能な採掘埋蔵量しかないとします。懸案の中東地
域がその70%埋蔵量(1兆2600億バーレル)です。
現在の需要が1日8578万バーレル、1年に310億バーレル(2010年)
です。今後の、世界人口の増加と新興国の工業化での需要増を考え
ると「40年分~50年分」しかない。
そのはるか前に、経済的に可能な、安価な生産量ではピーク・オイ
ルが来て、価格は高騰すると言う。ピーク・オイルは2000年~2005
年の間に来ているとします。
他方、楽観論は、技術発達と新たな油田発見を考慮した上での究極
埋蔵量は、2.3~3.0兆バーレル(60年~70年分)あるとしています
。楽観論は、ピーク・オイルが来るのを2025年としています。
仮想の新技術での大油田の発見と言っても、根拠は薄いのですが、
「一応」そうなっているのです。原油埋蔵量には、政治的、地政的
な思惑が多く混じっています。
■11.中東の政府による埋蔵量の水増し
従来から、中東諸国の可採埋蔵量の統計には、相当な「水増し」が
あるとされていました。
以下は、上位10各国の公的埋蔵量で、BP(英国石油)が集計したも
のです(2008年)。BPは世界の可採埋蔵量は1兆2580億バーレルで
、可能な採掘年数(R/P)を42年としています。これがオーソドッ
クスとされています。
~~~~~~~~~~~~~~~~
サウジ・アラビア 2641億バーレル
イラン 1376億
イラク 1150億
クウェート 1015億
ベネズエラ 994億
アラブ首長国 978億
ロシア 790億
リビア 437億
カザフスタン 398億
ナイジェリア 362億
~~~~~~~~~~~~~~~~
【可能な採掘の埋蔵量で40%偽装】
そして、ウィキリークス(米国の秘密公電)です。サウジの原油埋
蔵は、公的発表より40%少ないというリークがあったのです。
発言者はサウジ・アラコム(国営会社)の生産責任者を12年務めた
サダト氏です。発言があったのは事実でしょうが、埋蔵量の40%偽
装が本当かどうか、確かめるすべはありません。米国もサウジも、
沈黙しています。
1990年代から、専門家の間では、中東政府による埋蔵量の偽装は噂
されていたので、40%の偽装が本当かどうかは別にして、過大埋蔵
の発表があるのは事実でしょう。そう判断しています。
サダト氏の発言が事実とすれば、サウジは、ピーク・オイルの時期
を迎え、価格調整のための増産が難しくなります。
サダト氏は、サウジ・アラコム(国営会社)による増産は、できな
いはずと言っています。このあたりは魑魅魍魎(ちみもうりょう)
です。
サウジ・アラビアの2010年の生産量は原油日量840万バーレル:天
然ガス180万バーレルです。2011年1月は830万バーレル/日の原油
生産と言われます。サウジ政府は、石油埋蔵と生産量で、秘密主義
を続けています。
2月28日には、$100を超えた原油価格を下げるため、日量70万バー
レルを増産すると発表しています。
リビアの原油生産(日量160万バーレル)が、内戦で途絶し、輸出
もできなくなっているからです。これは長期化すると見る向きも多
い。
サウジ政府の緊急発表では、910万バーレルの生産です。日量の生
産余力は、公的には、短期の緊急生産をすれば、350万バーレル程
度あるとされていますが果たしてどうか? サダト氏の発言と、矛
盾します。
米ビジネスウィーク誌は、関係筋の取材でサウジの経常的な増産能
力は1000万バーレルが限度と言っています。1200万バーレルは不可
能と言う。
「事実を知っているのはサウジ政府だけのはずだが、もう10年も産
出能力試験を実施していないため、(王家の)政府自体も、現実を
把握できていない可能性がある(同誌:08.07.10)」。
このあたりに真実があるでしょう。サウジ政府は、過大発表を続け
ている。原油市場のディーラー(先物買い/先物売り)にとって重
大問題でしょう。
サウジ政府の可採埋蔵量、原油生産、経済に関する発表は、眉唾で
聞いたほうがいい。(注)経済統計では、中国は曲がりなりにも(
低めに)発表する失業率も発表されていません。GDPや物価統計も
怪しい。独裁国の常です。
■12.国際コモディティ・インフレ
各国の原油消費の変化を見ると、これから資源・エネルギー・穀物
消費がどう向かうか、分かります。
原油は、国際コモディティの象徴指標です。原油消費が増える時、
鉄を代表とする金属資源、穀物の需要も、同時に増えるからです。
2000年代に、新興国が米国原油消費を上回るという大きな変化が起
こっているのです。先進国では、原油消費は減っています。その減
少以上に、新興国の原油消費が増えています。
この傾向は2011年以降も続きます。新興国の近代化成長では、資源
・エネルギーを多く使うからです。近代化成長は建物、道路、車な
ど、先進国では伝統産業(ブリックス&モルタル)になったものの
成長で、資源とエネルギーを大量消費するからです。
食品では肉食化です。食肉では鶏肉1Kgの生産に6Kgの穀物が、牛肉
の1Kgの生産では10kgの飼料穀物が必要です。所得が増えると、穀
物食が減って、美味しい肉食が増えます。このため、家畜が食べる
穀物や一次農産物が、人間が食べる量以上に必要になります。穀物
生産には、農薬・化学肥料・農機具に石油を使うのです。食品も「
石油の化身」と言っていいものです。
【原油需要】
2000年 2009年
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
米国 9.0億トン 8.4億トン :先進国は需要減少
日本 2.6億トン 2.0億トン:日本は世界最大の省エネ
ドイツ 1.3億トン 1.1億トン
イタリア 0.9億トン 0.8億トン
英国 0.9億トン 0.7億トン
韓国 1.0億トン 1.0億トン
———————————————————
中国 2.2億トン 4.0億トン:新興国は需要増加
インド 1.1億トン 1.5億トン
ロシア 1.2億トン 1.2億トン
ブラジル 0.9億トン 1.0億トン
その他世界 14.5億トン 17.1億トン
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
合計 35.6億トン 38.8億トン:世界は3.2億トン増加
以上のような、21世紀の世界経済の大きな変化を背景に、2000年代
からの国際コモディティ価格の高騰があります。
13億人の中国が、資源と原油消費の増加で突出しています。10%位
実質GDPが増えると10%の資源・エネルギー・穀物消費が増える、
近代化経済だからです。
安くなった米ドルで見れば、2010年の1年間だけでも、国際コモデ
ィティの全品目は、49%も高騰しています。(英エコノミスト:ド
ルべース)
2000年代の10年で、原油の3倍、4倍への価格上昇があり、しかし世
帯の所得が増えず、失業が多く、王家が巨大蓄財をしていた国で、
イスラム革命が起こっています。
あらゆる革命は失業が減り、賃金が増えて、生活苦がなくならない
と終わりません。この1年で、アラブ全域にイスラム革命が波及す
れば、英米メジャーが、原油の売買で、王家を通じてもっている利
権は停止されるでしょう。
イスラム主義は、過去の歴史から、反米化するからです。カダフィ
大佐や王家に蓄財を許したのは、英米系メジャーとみなされている
からです。ムバラク政権は、1年1300億億円の軍事費の援助を、米
国から受けていました。日本では理解できないでしょうが、中東を
含む世界では、軍事力が国家です。
米政府(オバマ政権)は戸惑っています。民衆の側につくしかない
からです。王家も、米国と手を切らないと存続できない。
米国も、イスラム主義の敵とみなされています。ウィキリークスが
暴いたことが、革命に火をつけています。
【後記】
緊急号を、お届けしました。大きな流れで言えば、米欧日がリーマ
ン・ショック以降に、金融対策で増発した通貨価値の下落です。
近々、「第三次石油危機」が、起こりそうな感じがします。二度の
石油危機は、ドル価値の下落から起こっているからです。
原油を売って米ドルを貯めても、その価値が下がる。だから、原油
価格を上げるということでした。しかし原油は、既述したように、
5%の供給が減ると3倍には上がる。そのため、石油危機になる。
親イスラエルで、中東和平(つまり現国家体制の固定)の仲介者だ
ったムバラク大統領を失ったので、2年内にイスラエル・イラン戦
争もあるかも知れません。中東のパワーバランス(軍事力の均衡)
が、イランに有利に崩れたからです。
前述したように、サウジでイスラム革命が起こると、米ドル基軸通
貨体制も終わるでしょう。このとき円は高騰します。
西アジア(中東)の百家争鳴です。応仁の乱のような下克上(武士
が貴族体制を覆えす)です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【ビジネス知識源プレミアム・アンケート:感想は自由な内容で。
以下は、項目の目処です。】
1.内容は、興味がもてますか?
2.理解は進みましたか?
3.疑問点はありますか?
4.その他、感想、希望テーマ等
5.差し支えない範囲であなたの横顔情報があると、今後のテーマ
と記述の際、より的確に書くための参考になります。
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