ビジネス知識源:後半部:グローバル・デマンド・ビジビリティが日本産業再興のキーポイント(1)
This is my site Written by yoshida on 2011年1月20日 – 15:00

前半部に続く<グローバル・デマンド・ビジビリティが、わが国産
業を再興のキーポイント(1)>の、後半部です。

              *

■4.小売業の大きな失敗の事例

【Kマートの誤り】
1980年代まで、破竹の勢いで利益を出し店舗数を増やして、世界ナ
ンバーワンになっていたKマート(年商4兆円)で起こったことも、
失敗工場の事例と同じです。

1980年代はウォルマートが登場しました。店舗数と売上でトップを
走るKマートも、ウォルマートの店舗の15%と低い店舗コスト(設
備関連費+人件費+在庫コスト)に、対抗せねばならなかった。

商品戦略として、Kマートのバイヤーは、仕入れ価格を下げるため、
以下のような大量仕入を行ったのです。

「このPB商品は、今、1回で平均1万個の発注なので、300円で卸し
ています。2万個の発注を戴くと、工場がフル稼働しトラックも満
車で、お宅の倉庫(DC)に、運ぶことができます。このため、250
円で卸すことができます。御社の店頭価格は400円です。御社の粗
利益率は、今25%(100円)ですが、これが37.5%(150円)に上が
るでしょう・・・」

利益に苦しんでいたバイヤーは、ベンダーから提案があった二万個
の大量発注を受け入れます。このため倉庫には、KマートのPB商品
(ブルー・レイと言った)が満載されます。当然に、店頭にも、大
量陳列がされます。

事実、1990年代のKマートのメイン通路には、安く大量仕入されたP
B商品が、いつも天井まで満載されていました。売り場の品目数は
少なく、明らかに、行き過ぎでした。

●小売業の損益計算でも、在庫は経費ではない。売れ残った在庫が
どんなに膨らんでも、経費ではない。そのため、原価の低い商品を
安く仕入れれば、倉庫と店頭で30%が売れ残っても、上記で言えば
売れた分が売れたと仮想した、37.5%の粗利益があるように見える
のです。(商業簿記の欠陥) 

▼店舗の、キャッシュ・フローの利益と、商業簿記の利益の違い

本当の利益計算は、以下のように、キャッシュ・フローで見なけれ
ばならない。時系列で見ます。250円で仕入れたものを2万個、400
円で売る予定ですから、見込みの粗利益率は[150円(値入額)÷
売価400円=37.5%]です。

(注)キャッシュ・フローでは、売上収入と、仕入および経費を現
金で計算します。商業簿記では、仕入で増えた在庫は経費でなく
(資産勘定であり)、売れた分の仕入原価だけが、経費になります。
このため商品在庫が増えても、利益が出たように見えるのです。工
業簿記での部品在庫も、生産に使われたとき初めて製造原価に入れ
ます。部品在庫が増えても、経費にはならない。

(1)2万個の仕入時点=250円×2万個の在庫=500万円の赤字
   売上はまだないので、仕入原価500万円が費用になります。

(2)店舗で5000個売れた時点での、キャッシュ・フロー利益
   =売上(400円×0.5万個)×0.375-在庫250円×1.5万個
   =実現粗利益75万円-375万円の在庫 =300万円の赤字

(注)1ヶ月で5000個売れると、在庫が1.5万個残っていても、商業
簿記では[売上200万円×粗利益率37.5%=75万円]の粗利益額が
生じたように計算されます。

キャッフローでは300万円の赤字でも、店舗の損益計算では利益が
出たように見える錯覚が起こるのです。

担当バイヤーは、つかの間の喜びを味わうかもしれません。2万個
の大量発注で、25%だった粗利益率が37.5%に上がって、最初の1
ヶ月は「よくやった、利益が改善した」と経営者もバイヤーも喜ぶ
からです。他のバイヤーも見習って、大量仕入に奔走するでしょう。
これが90年代のKマートでした。漫画のようです。

(3)1万個売れた時点
   =売上(400円×1万個)×0.375-在庫250円×1万個
   =実現粗利益150万円-250万円の在庫 =100万円の赤字

翌月もまだ、キャッシュ・フロー計算では赤字です。ところがここ
でも、売上400万円に対し150万円の商品利益(粗利益)が出たよう
な錯覚が起こります。

(4)1.5万個売れた時点
   =売上(400円×1.5万個)×0.375-在庫250円×0.5万個
   =粗利益225万円-125万円の在庫 =100万円の黒字

3ヶ月目に1.5万個(総仕入の75%)売れた時点で、やっと100万円
の「キャッシュ・フローの黒字」が出ます。売価での仕入額(2万
個×400円=800万円)に対しては、100万円のキャッシュ・フロー
÷800万円=12.5%似すぎない。

売上収入(600万円)に対しては、100万円÷600万円=16.6%に過
ぎません。

(5)4ヶ月目に0.5万個が売れ残って、シーズン外れになり、半額
の200円の特売で売ったときは、1個当たりで50円の販売赤字が出ま
す。
  =売上(400円×1.5万個)×0.375-販売赤字50円×0.5万個 
  
  =100万円-25万円=75万円

(注)実際はシーズンや時期をはずすと、今の日本では、50%引き
の売価でも売れません。売れ残り品は、ほとんど無価値になります。

【当初の見込みとの差異】
2万個の仕入で見込まれていたのは、売上800万円×0.375=300万円
の粗利益でした。ところが実際は[1/4の75万円]しかなかった。

Kマートの店舗の総コストは、当時は、売上対比23%付近でした。

●最終の損益を計算すると、
粗利益75万円-経費〔(正常売上600万円+特売100万円)×23%〕
=75万円-161万円=86万円の赤字です。

在庫を売り切った後の最終損益では、伝統的な商業簿記での利益や
損と、キャッシュ・フローでの利益や損は一致します。途中では、
伝統的な商業簿記では在庫を経費と見ないので、利益が出たような
錯覚が生じます。これは、工業簿記による工場の製造原価と同じで
す。

●バイヤーや工場長(あるいは部門管理者)は、会社が情報システ
ムを作って、在庫や不稼働のコストを含むキャッシュ・フローで損
益を計算し、それを業務責任にする管理の仕組みを作っておかない
と、量産工場やKマートのような誤りが、どの会社でも生じるでし
ょう。

【ついに破産】
こうしたことを繰り返し、MBAのエリートが多く勤め、当時は世界
最大のKマートは、2002年に倒産します。今は、シアーズに併合さ
れています。Kマートの、本部が作る経営計画書はすばらしかった。
それを実行する現場業務がダメだったのです。

●世界最大の自動車会社GMの倒産も、実は、販売が50%に急減した
リーマンショック以後も、「工場での1台あたり製造原価を下げる
ため作りすぎた車の販促費と、大きな割引販売の負担」から、巨額
赤字を出したことです。

GMの倒産前の粗利益は、販促費と割引の増加のため、ほぼ5%しか
なかった。壮大な誤りを行った。(注)普通、自動車の粗利益は15
%はあります。

以上のように説明すれば、「わかりきった失敗だ。」と誰もが思う
でしょう。しかし、部門が複雑な、巨大エリート企業で実際に起こ
ったことです。

今日も、「工業簿記と商業簿記がもっている、経費と期間利益計算
の欠陥」に気がつかないと、実際にあちこちで起こっているでしょ
う。

【ロジスティクス】
●サプライ・チェーンのコストダウンの鍵は、リードタイムを短く
した最適ロジスティスになります。サプライ・チェーンの具体型は、
ロジスティクスと言ってもいい。

DELLの生産システムは、受注後に、アジアで1週間で組み立てる、
ロジスティクス型生産です。「生産期間で1週間」というのは、今
の全競争の、キーポイントかも知れません。

良く利用するアマゾンも、ゴルフ・ダイジェスト・オンラインも、
インターネットでの注文後、ほぼ翌日に届くようにロジスティクス
が短縮化しています。サプライ・チェーンが、できているからです。

■5.スルー・プット会計は、キャッシュ・フロー会計

サプライ・チェーンでは、伝統的な損益ではなく、キャッシュ・フ
ロー計算したものを、利益とします。

これを、イスラエル人のエリアフ・ゴールドラットは、2000年ころ
にベストセラーになった『ザ・ゴール』で、敢えてわかりににく
「スルー・プット会計」、つまり、「出力(=売上)と入力(仕入
と経費)の差を計る会計と言っています。

(注)スルー・プットは、コンピュータにデータを入力し、プログ
ラムで加工され、目的の出力データを出すまでの時間です。短いほ
ど、高性能になる。

「ザ・ゴール(唯一の管理目標)」は、キャッシュ・フローの利益
です。

ここから、工場の各工程を、最終販売に同調させる「制約理論(例
えは、むかで競争)」という、工程管理の方法を導いています。

ゴールドラットは、1990年代に、
(1)一貫スルー・プット会計の方法と、
(2)原材料から販売の流通までを含む、異なる企業の、全工程の
生産・仕入・在庫を同調させる「制約理論」を日本が知れば、競争
する米欧の産業にとって、困ったことが起こると考えます。

(注)実は工業簿記や商業簿記が原価計算や利益計算では、経費と
資産科目があり、税法も絡んで複雑です。現金の動きのキャッシ
ュ・フロー会計は、スルー・プット会計と難しく言っても、内容は
単純です。骨子は、収入と支出の家計簿だからです。貸借対照表は
別になりますが・・・

この一貫サプライ・チェーンの方法を知れば、もともと80年代に、
トヨタ式生産やタンピン管理という伝統的な[工場内サプライ・チ
ェーン、店舗内サプライ・チェーン]の素地をもつ日本が、世界を
征服するだろう。これは避ける。ゴールドラットは、そう考えてい
たのです。

(注)両社は、工場内や店舗内の、伝統的で「部分的なサプライ・
チェーン」と言えるでしょう。ここに問題があった。この解消が、
両社を成長させるでしょう。小売業では、ウォルマートモデルです。

(1)トヨタでは、部品産業と膨大な下請け会社、
(2)IY堂とセブン・イレブンでは、卸と工場を含むコストを最小
化するサプライ・チェーンが、あまり考慮されなかったからです。

これらが、原材料から製品の最終販売までの多段階を一貫するサプ
ライ・チェーンの方法を知れば、怖いことになると、彼は考えます。

そのためゴールドラットは、日本企業が十分に弱って、
(1)新たな「設備投資」と、
(2)一貫サプライ・チェーンの構築のための「情報システム投
資」を減らした2000年代にしか、日本語への翻訳を許さないとして
いました。

日本の産業は、1980年代までは、設備投資が世界最高でした。
これが、人的生産性を上げていました。

しかし1990年から現在に至るまで、日本企業の平均生産性は伸びる
どころか、逆に減っています。このため1997年からは、世帯の平均
所得は20%も減っています。年収400万円以下の世帯が、急増して
います。

(注)1996年の平均世帯所得(平均家族2.6人)は661万円でした。
2010年は推計で、530万円です。131万円(20%)も減っています。
(国民生活基礎調査:厚労省)

若干大げさですが、2000年代の10年の事実を見れば、ゴールドラッ
トが予想していたことが、首肯できます。

売上予想(または受注)、仕入、在庫、販売を最適に連鎖させるサ
プライ・チェーンでは、情報システムで、発注システムと在庫管理
システムを作ればいいというのではない。(1)スルー・プット会
計の方法が加わり、(2)管理方法の変革がなければならない。

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(1)業務の活動と、
(2)部門のキャッシュ・フロー管理の仕組み作りが同時に必要で、
(3)原材料・部品の源流から最終販売の、一貫性が必要です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【身近に知ったキャッシュ・フロー経営】
1月3日は、誘われて、初打ちでした。約10人の、クリーン・ルーム
の空調設備を設置するための、配管を作る工場をもつ経営者と一緒
でした。帰りの車の中で、彼が言っていた。

「今はCADでの設計ですから、設計すれば、機械は自動的に動きま
す。CADの技術革新について行くのは、実に大変です。でも自分は
多分臆病なので、入った売上と、「給料+経費+材料仕入」を払っ
た後に、残ったお金の計算しか、信用しなかった。90%は頭に入っ
ています。今月600万円が残れば、それを自分の所得と考えた。借
金は怖いので、銀行が奨めても、必要最小限しかしませんでした。
そのため、今も、吹けば飛ぶような零細企業です。周囲には、儲か
ると思い、借金で、不景気のときは過剰になる設備投資をし、潰れ
たところだらけです。」 (注)CAD:コンピュータ支援設計

これが、サプライチェ-ンが言う「素朴なキャッシュ・フロー経
営」です。タンピンの管理の原型を作ったIY堂の会長、伊藤雅俊氏
も似ています。

素朴(=単純)さが、いつも時代を拓く。経営法で、複雑なものは
消えます。シアーズの企業再生戦略は、論理的にはよくできていた
のですが、戦略要素が多岐にわたり、実に複雑でした。このため、
現場は実行ができなかった。

【伊藤雅俊会長】
「いちばん怖いのは、会社が大きくなって、バイヤーが在庫を怖が
らないことです。そのためうちでは、売れたものをバラで仕入れる
タンピン・カンリと、死に筋カットにした。」 実際に会いタンピ
ン・カンリという発音を側で聞くと、懐かしい感じがしたのを憶え
ています。

(注)前述したように、ベンダーへの発注頻度を過度に増やし、入
荷サイクルを短縮化することが多いタンピン・カンリには、
・店舗の商品作業量と、
・ベンダーの在庫、および納品コストを増やすという欠陥がありま
す。生産コストも上げます。

営業利益を基準にみれば、店舗の商品作業を減らす最適な発注頻度
と最適在庫がある。最近の経営で良く使われ最適(オプティマム)
は、営業利益を最大化する商品作業と在庫を言います。

●若干難しいのですが、これが、EOQ(経済発注量:Economical Or
dering Quantity)の公式です。

(注)EOQ(ある部門の経済発注量)=[2×一定期間の売上予測
数×(発注ロット当たりの商品作業費+ロット当たりの配送費を含
む原価低下額)}÷{(発注ロット当たりの在庫コスト率%+ロッ
ト当たりの在庫リスクコスト率%)×仕入原価}]の平方根です。

この実際の計算法と利用は、事例を出し、雑誌『販売革新』(2008
年6月と7月号)に、詳細に書いています。まだ利用はされていない
でしょうね。この在庫管理シリーズは、12回分、連載しています。

このEOQの実現型が、店頭や卸の「売れ数予測に比例する在庫(=
売れ数比例在庫)と最適発注頻度」です。これは、店舗におけるサ
プライ・チェーンの目標になるものです。

IY堂やセブン・イレブンも店舗のタンピン・カンリだけは、サプラ
イ・チェーン全体(製造・卸・小売)の総コストと在庫を、最小化
するスルー・プット会計ではない。

発注頻度を増やすタンピン・カンリだけでは、卸と製造の在庫、生
産、物流コストを上げることがあるからです。

また、トヨタ式生産も、工場内では受注生産のサプライ・チェーン
であっても、下請けの部品業者の見込み在庫と、即納のためのコス
トを増やしていることが多い。

生産と流通の一貫サプライ・チェーンとして、完全とは言えません。
このため、2010年は、サプライ・チェーンの世界25位のランクにも
入っていません。

下請けを含むCPFR(共同商品計画・予測・補充)に、不十分な点が
あったからです。以上を、哀しみます。

■6.ハイ・ブリッド化した製品の原価は、販売量が増えると加速度
的に下がる

ハイ・ブリッド(原義は混血・雑種)は、車ではガソリン・エンジ
ン(内燃機関)と電機モーターの複合エンジンの車を言います。

一般的な意味では、「機能の複合化」を言います。今、電子製品に
限らず、ほぼあらゆる商品が、複合化されています。

【価格が高い炊飯器】
例えば、以前は電熱器のように単純だった炊飯器です。今は、米を
炊きあげる過程での温度や蒸気圧力を、美味しいご飯が炊けるよう
最適にコントロールする基本ソフトとアプリケーションが入ってい
ます。数万円と高いのですが、これは、研究開発と数百メガバイト
のソフト開発のためです。

(注)実は高性能な炊飯器も、1機種の販売台数を10倍に増やせば、
製造原価は、利益を上げる販売価格でも1万円付近に向かい下がる
でしょう。複製ではゼロのソフト部分のコストが、大きいからです。
しかし、お米の炊飯器は、ほぼ国内市場だけで、各メーカーの機種
が多い。このため1機種の生産量が少なく、まだ高価格のままです。

掃除機にも、マイクロコインピュータが組み込まれています。車は、
駆動系やブレーキ、および空調、ナビゲーション、音響等が、マイ
クロコンピュータの塊になっています。

次世代携帯電話(i-Phoneやアンドロイド)、i-Pad、i-Pod等は言
うまでもない「ハイ・ブリッド製品」です。実に、われわれが使う
商品は、多くがハイ・ブリッド化したのです。

音楽や映画の「i-Pod」を例に取ります。ソニーのウォークマンが
世界を席巻していた時代(1980年代)は、音楽のソフト産業(カセ
ットテープやCDの製作)と、それを再生するウォークマンは分離し
ていました。

小型・精密・高品質ではあっても、ウォークマンは、過去の機械的
な、高い精度の部品を集め、組み立てたものでした。

他方、白く、つるりとして操作ボタンもないi-Podは、日本が得意
だった機械的な部品は、ハードディスクや液晶とICだけです。

SSD(ソリッド・ステート・ドライブ)にすれば、ハードディスク
も要らない。完全に、電子とソフト製品になっています。

肝心なのは、音楽ソフトのデータベースです。TVでも今、ネットテ
レビのApple TV登場しています。映画や番組がデータベース化さ
れる。書籍や雑誌も電子化されます。

重点は部品の精度だけではなく「ソフト・ウェア技術」になってし
まった。複合化製品のすべてが、ソフト・ウェア技術です。

こうしたハイ・ブリッド化商品でのサプライ・チェーンでは、世界
標準化の技術と、プログラミング技術、およびデータベースになっ
ています。

日本の産業が遅れたのは、この点です。「アップルは発注量が1桁、
2桁と多いのに(部品価格を)値切らない。国内の完成品メーカー
との交渉では、値下げの話ばかり。」 なぜこうしたことが起こる
のか?

●アップルの製品の製造原価では、
(1)ソフト・ウェアの開発コストが大きく、
(2)機械的な部品が占める原価は、小さいからです。
  機械が、ソフト化されたと言っていい。

例えば、あなたが、ほぼ毎日使っているコンピュータのキーボード
は、機械的なものです。キーボードは、中国製の安い物は1500円く
らいでしょう。

過去(1990年代)は、2万円以上していました。13分の1になった。
ここが、2000年代の日本産業が、苦境に陥った根底です。

機械的な品質と耐久性がいい「モノ」を作っても、中国製のはるか
に安いものと、「商品価値」での競争をしなければならない。商品
価値=機能・品質÷価格です。13倍高い日本製のキーボードに、中
国製の1500円の13倍の商品価値を認める顧客が、何人いるか? 極
めて少ないでしょう。

(注)当方、キーボードを、力を込め激しく叩く時間が長いので、
2万円の『RealForce106』という重い日本製を使っていますが、少
数派でしょう。1500円ものは、数ヶ月で何度も壊れたからです。

アップルが部品メーカーに、発注が2桁増えても値下げを強くは要
求しない理由は、製品の製造原価の中で、機械的な部品の占める割
合が低いためです。一方で、ソフト・ウェアの開発コストは高い。

しかしソフト・ウェアは一個を開発すれば、無償で複製ができます。
i-Podの開発に500億円のコスト(人件費)がかかっても、1億台売
れば,1台あたりのソフト・コストは1億円分の1に下がり、500円で
す。2億台売れば、250円に下がる。

機械的な部品が多いものでは、最終製品の製造台数を2倍に増やし
ても、製造原価は10%も下がらないかもしれません。1/2のコスト
に下がることは、絶対にない。

●日本の産業が、例えばアップルに負けたのは、2000年代に進行し
た製品の原価構造の違いがあります。このため、アップルは機械的
な部品の割引を強く要求しない。原価構成要素で、小さいからです。

世界の66億人市場で売るアップルのi-Pod、i-Pad、i-Phoneは、生
産台数の桁が違います。

ソフト・コストの部分が多いので、1機種で売れる数が増えれば増
えるほど、累乗的に利益は大きくなる。しかも、アップルの製品ア
イテム数は、100機種以下ではないかと思えるくらい少ない。初期
生産は、顧客を1ヶ月も待たせるくらい、生産量は少ない。ムダの
ない生産システムです。

●他方、日本のメーカーは、1アイテムでは、少量しか売れない季
節毎の新商品が多く、そのたびに設計を変え、金型をつくって、異
なる部品を作り、組み立てています。

2000年代の、製造原価でソフト部分が増えた製品のハイ・ブリッド
化に遅れたのです。

■7.アップルのグローバル・デマンド・ビジビリティ(GDV)

「配送中も含めた店頭在庫や、日々の販売実績を、全アイテム、し
かも一個ごとに把握している。当然に付属部品も。」

これがアップルのグローバル・デマンド・ビジビリティ(GDV)で
す。

●全店頭での在庫と販売予測から、1アイテム毎の生産計画を作り、
その生産計画に基づいて、サプライ・チェーンの会社に、展開した
部品やソフトを発注する。(注)CPFRによるMRP=部品要求プログ
ラム:CPFR(共同商品計画、予測、補充)

日本のメーカーで、
(1)世界の全店頭の在庫まで、一個ずつ把握し、
(2)今日の店頭販売結果(POSデータ)をリアルタイムでつかんで、
(3)その販売予測から、工場での生産計画と必要部品の発注を行
っているメーカー(または販社、卸)が、あるでしょうか? 

あればご教授ください。その会社の業績は、急進しているはずです。
 

1990年代の後期に、米国のサプライ・チェーンのソフトのベンダー
を訪ねたとき、「グローバル・ロジスティクス・システム(世界調
達・在庫・販売管理システム)」と言い、数億円で売っていました。
導入費用は、それ以上にかかっていましたが・・・今はもっと安い
でしょう。

確かEXEテクノロジー社と言った。ラスベガスでのセミナーとその
後の歓迎パーティに出席したのは、日本人では、NTTから数人のマ
ネジャーと、当方のグループ2名でした。こうしたシステムを、今
から作らないと、日本はダメになるのではないかと感じたのです。

(注)今、EXE社があるかどうかインターネットで調べても不明で
す。別の会社になっているかも知れません。日本支社長を知ってい
たので、EXEで、見込み客を前に講演したことがあります。

マイクロソフトのCEO、スティーブ・バルマーがゲストスピーカー
でした。アジアでは、ターバンを巻いたインド人と中国人が多かっ
た。中国人と韓国人は、社員になっていました。

こうしたことが、今の中国と韓国産業(サムスンやLG)の、ロジス
ティクス・システムを作っています。韓国のLG電子が、ロジスティ
クスのシステムを模索していたのは、2000年代初頭でした。経営者
向けの講演依頼があったので記憶しています。(注)実行はしませ
んでしたが。

10年前です。国内のサプライ・チェーンもまだなのに、世界のコス
ト最適地から部品を調達し、製品は世界に販売する「グローバル・
ロジスティクス・システム」は、時期が早いなとも思っていました。

しかし米国の、少なくとも(1)アップル、(2)P&G、(3)シス
コシステム、(4)ウォルマート、(5)デルは、「グローバル・ロ
ジスティクス・システム」に匹敵し、あるいは上回るシステムを構
築しつつあったのです。

情報システムが利益になって稼働するには、数年の期間がかかりま
す。今が、10年前の準備の華(大きな利益)でしょう。事業経営の
戦略では、数年~5年に渡る長期的な視野が必要です。

●情報とネットワークのシステムは、一夜で変えることができても、
業務は人間が行い、販売網(販売店)の構築には数年の時間を要し、
イノベーションの発現には時間がかかるからです。

組織と組織管理の方法も、変更しなければならない。スルー・プッ
ト会計も、です。そして、システムや設備投資は、導入当初は損失
になって、利益が出ない。

(注)米国製造業の全体は衰微しましたが、日本の産業を超えるロ
ジスティクス技術をもつ、世界的な成長企業群はあった。サプラ
イ・チェーンの根幹の業務は、ロジスティクス(営業利益に対する
最適発注量と最適物流量)です。

バブル崩壊期(1990年代~2000年代初頭)の日本は、設備投資と情
報システム投資を減らして抑制していました。

このため、事務計算のコボル等を使うメインフレームの、レガシー
(古風)なシステムになっていた。1990年代は、NTTの規制のため、
無線LANもなかった。これではムリです。今は、インフラでは、は
るかに安価に、可能です。

●「世界中の、卸と配送中(物流)も含めた店頭在庫や、日々の販
売実績を、全アイテム、しかも一個ごとに、リアルタイムで把握す
る。当然に付属部品も」です。無線LANとインターネットの時代は、
これができる。

日本も、今からでも、決して遅くはない。アップルの「グローバ
ル・デマンド・ビジビリティ(GDV)」に類したシステムを、作る
ことです。そうすれば、10年後にはアップルの上を行けるでしょう。
GDPも成長します。生産性が上がって、世帯の所得も増える。

肝心なのは、自社にとっては外部である店頭の在庫と販売データの、
リアルタイムネットワークです。これは中小企業、大企業に関係は
ない。全企業は、サプライ・チェーンの一環だからです。

(注)わが国での障害は、店舗の在庫と販売データが、卸、メー
カーに分からないことです。分かっても、まだ一部の店舗です。
データ利用で全体を推測するための、サンプリング統計的な工夫が
要ります。

しかしわが国小売業の中にも、ウォルマート流のCPFR(共同商品計
画・予測・発注)を行うために、アイテム毎の販売データと在庫
データを公開しているところも増えています。

今のまま、アップルのGDVに類するシステムが作れないと、日本の
製品大メーカーは、これからもずっと、アップル・P&G・シスコシ
ステム・ウォルマート・デル等に、コストと販売数で負け続けます。

同種のシステムをもつアマゾンやグーグルにも、でしょう。
これも、確定的に言えるのです。

情報化時代は、適量生産、適量在庫、および販売に「有効な情報」
が価値をもたらす時代です。製品の品質、部品精度の高度さだけで
はない。それらは必要条件であって、成長の十分条件ではない。

次稿では、サプライ・チェーンの、技術的な面を取り上げます。店
頭での販売予測と最適在庫からです。サプライ・チェーンは、需要
起点でなければならない。

今回、改めてサプライ・チェーンを考えてみて、日本の産業の再興
の鍵が見つかった気がし、少し嬉しい。鍵を見つければ、後は実行
だからです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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