こんにちは、吉田繁治です。連休、いかがお過ごしでしたでしょう。
当方、曜日にとらわれない仕事と生活ですが、連休はうれしく、どこ
へ行こうかと思うこともあります。レジャーは、続く日常からの脱出。
先月からの8.09信用ショックの本質には、<住宅ローンの債権を、他
のローン債権と組み合わせた合成証券にし、米国金融機関が世界に売
っていたCDO(Collateralized Debt Obligation:債務担保証券)の
リスクと,流通価値への疑念があります>と言っても、わかりにくい
はずです。
【単純化して解く】
本稿では、サブプライム・ローン債権を含むCDO(債務担保Collatera
lized Debt Obligation証券)の構造を、可能な限り単純化して、解き
ます。今問題であり、今後、一層問題になることは150兆円の債務の、
米国サブプライム・ローンだけでない。
信用危機は、金融工学が生んだ合成証券である『債務担保証券(CDO:』
の流通価値つまり市場価格が、理論価値を大きく下回ったことから
始まっています。
【CDO】
(1)個人の住宅ローン・消費者ローン・自動車ローン、企業の社債、
国の国債など「あらゆる債務」を、ちゃんこ鍋のようにごった煮に
し、
(2)信用度(=1−破綻確率)の違いで、3層に切り分けた結果から、
3種の別の証券を作ったものが『債務担保証券(CDO)』です。
【CDOの理論価格】
例えば信用度が低い部分を切り分けたものを『エクイティ債』と言い、
利回りとリスクを計算し、証券会社が『理論価格』をつけ、売りま
す。
2007の春ころまで、信用度の高い証券も低い証券も、理論価格に近い
価格で売れていました。リスクが高いエクイティ債の利回りは20%く
らいと高い。高い利回りに見合うリスク(理論計算で15%等のデフォ
ルト確率)がある。
CDOが売れた理由は、欧州と米国の金融機関とヘッジ・ファンドに、世
界から、大量のマネーが流れ込んでいたからです。
【理論価格への疑念が起こり、流通価格が急落】
ところが、米国サブプライム・ローンのデフォルト率(破綻率)が15
%を超えた付近(07年7月ころ)から急に、理論価格を大きく下回り、
中程度の信用の証券が、額面の30%(7割引)でも売れにくくなったの
です。
【現象】市場がつける証券の価格が「流通価格」です。流通価格が激
しく下落した。そのため、CDOを大量保有している欧州・米国の金融機
関とヘッジ・ファンドに流動性危機(決済に使う現金の不足)が起こ
った。
【対応】欧州中銀(ECB)のトルシェ総裁と米国FRBのバーナンキは、金
融破綻の連鎖を恐れて、8.09以後の1カ月間で100兆円もの債券購入を
行い、金融機関とヘッジ・ファンドに現金の注入を行っています。100
兆円という規模は、欧米の金融史上で異例で、過去最大です。最後の
貸し手が登場したのです。
以上が、8.09信用危機の素描です。
●本稿の目的は、8.09信用ショックの本質が何であり、どう波及し、
今年、来年どう向かうかを見定めることです。
【前提となるのは証券化】
米国の、サブプライム・ローンの延滞率の増加が、なぜ海を越え、ま
ず欧州の金融機関の信用危機になったのか?
欧州の銀行・証券会社・ファンドが、資金運用のため、利回りが国債
より高い米国の住宅ローン債権を組み込んだ債務担保証券を買ってい
るためです。
ユーロ高は、ドルや円が売られ、世界からのユーロの買いが超過する
ことを意味します。通貨が高くなった国(ユーロ)には、産油国・中
国・アジアを含む世界から、マネーが集まっています、それを預かる
金融機関は、増えた資金を運用しなければならない。
90年代以降の金融は、「伝統的な貸付」から、「証券の購入をし、そ
の利回りを得る」という方式に変わってしまった。
従って、証券価格の下落(流通価値の低下)は、金融とファンドの信
用危機を生みます。8.09信用ショックがまさにこれでした。金融機関
間の、短期資金の借り入れ・貸付の市場が、急に縮小したのです。
(注)本稿は9月11日に、有料版の増刊として送ったものに、若干の書
き換えをし、特別号として送ります。日ごろなじみがなく用語が難し
くても、2回くらいゆっくり論理をたどってお読みいただけば了解され
るはずです。煩雑になるのをいとわず、用語への注記をしながら書き
ます。
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<252号:特別号:8.09ショック:欧州・米国の金融危機の本質>
2007年9月17日号
【目次】
1.MBS(Mortgage Backed Securities:住宅担保で裏付けられた
証券)の構造から
2.ヘッジ・ファンドのレバレッジ構造が危機を生む
3.8.09で信用問題になったCDO(Collateralized Debt Obligation
:債務担保証券)の仕組み
4.CDOの基本構造を知るための問い
5.CDO(債務担保所証券)の売買不能
6.残高$2兆1800億(250兆円)のABPCに及ぶ
後記:公開無料セミナーの案内
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■1.MBS(Mortgage Backed Securities:住宅担保で裏付けられ
た証券)の構造から
わが国の住宅ローン制度では、その債権(=回収の権利)を証券に変
換し、流通させる目的の「証券化」は進んでいないために、分かりに
くいと思います。
米国(英国も同様)では、「住宅ローンの金利と元本の回収権」を、
証券にして、国の内外に売ることが発達しています。セキュリタリゼ
ーション(証券化)と言う、金融工学で進んだのが、債務の証券化で
す。証券ですから、価格がつき、売られて流通します。
米国は海外からの借金国ですが、借金の方法は、証券売りです。それ
買った国、金融機関、企業、ファンド(基金)、投資信託、個人が貸
し付けたことになる。
米国のMBSは、米国政府が発行する国債より、その残高が大きい。
(注)米国の住宅ローンの総残高(1500兆円)は、日本の住宅ローン
の残高200兆円の7.5倍です。人口あたりでは3倍です。米国は「個人負
債の国」です。日本は政府負債の国です。
【MBS (Mortgage Backed Securities)の基本の仕組み】
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[格付け機関による格付け]
↓
[ローン債権]→[ローン担保証券]→[銀行や投資家が買う]
↑
[政府系住宅ローン会社
:ファニー・メイやフレディ・マック等が保証する]
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こうした構造で作られた住宅ローン担保証券を「MBS(Mortgage B
acked Securities:資産担保で裏付けられた証券)」と言っています。
MBSを買った人は、住宅を買った人からのローンの回収に応じ、配
当を受け取る。わが国都市部の不動産価格を上げたREIT(リート
:不動産投信)の証券も、保証はありませんがこの一種と見ていい。
米国の住宅ローン債権は、証券化され、金融機関が不動産投信として
投資するものになっていると考えれば分かりやすいでしょう。
MBS証券は残高で、米国の$国債市場(約400兆円)を超えているので
す。(重要)
【MBSが$5.7兆(655兆円)】
MBS証券の残高は、$5.7兆(655兆円)です。米国の国債市場より大
きく、日本の国債残高に匹敵する巨額さです。
米国の住宅ローン残高が巨額($13兆:2007年直近)であるため、M
BSの世界市場も大きい。
【イメージ】増える財政赤字を原因に、日本国債の信用危機が起これ
ば、日本の民間金融は、機能を停止します。それに匹敵するのが米国
住宅ローンの信用危機であると言えば、衝撃のイメージが分かるでし
ょうか。
サブプライムローン(英米住宅ローンの10%)の信用危機から、米国
の全住宅ローン($13兆:1500兆円)の危機になるかどうか、ここが、
今回の信用危機の本質です。
【(注)重要】米国の住宅ローン残が、総額で$13兆(1500兆円)も
あり、日本経済の国債問題より大きいという視点は、重要です。住宅
価格が下落すると、住宅ローンの破綻は増加します。2008年は、サブ
プライム・ローンの破綻は、今より総額が大きくなることが確定して
います。
期間30年、固定金利のプライムローンを「原資産」にするMBS証券
は、政府系の住宅ローン会社が保証しています。
そのため、信用度では高い格付けけがされています。米国政府が発行
する国債と同格の、AAA(トリプルA)の信用とされる。AAAは証券
のランクで最高度の信用とされ、デフォルトの確率がゼロに限りなく
近いという評価です。
国債と同じように、発行時より金利が上がれば、流通価格(=市場で
売買で決まる時価)が下がるリスクはありますが、保証があるので破
綻(デフォルト)のリスクは小さい。
そして普通、国債よりも利回りは高い。
そのため、投資家人気があったのです。
MBSの元(「原資産」と言う)となった住宅ローン債権は、多くは
「プライムローン(住宅ローン全体の70%くらい)」です。
返済期間30年の固定金利(6%程度)で借りることができる回収の信用
度は高いローンです。
固定金利のローンは、後に金利水準が下がると、担保不足がなければ
容易に下がったローン金利に借り換えることができるのが米国のロー
ン制度の特徴です。(注)破綻率が高まって問題になったサブプライ
ム・ローンは変動金利です。
ローン債権を証券化したMBSの売却や担保とすることによって、住
宅ローン会社は、次の資金を得ます。それをまた、あたらしい住宅ロ
ーンとして貸し付ける。これが住宅ローン会社の業務です。
以上の「証券化」が発達したのが、欧米金融です。
わが国のように、銀行が直接に住宅ローンを貸す仕組みとは、違いが
あります。(注)住宅金融公庫の資金源は、個人のマネーである郵貯
・簡保です。
米国の住宅ローン債権は、証券になって、米国内だけではなく世界の
金融機関、投資家、投資信託に売られています。
【根底】
根底にあるのは、米国世帯(1億世帯)の、ローンでの住宅、自動車、
家具、消費財の購入です。個人のクレジットカードのローンまでが証
券化され、世界に売られた。その証券に「信用危機」の兆しが起こっ
ています。これは、米ドルの信用危機につながるものでもあります。
(注)MBSには以下で示す、回収リスクを切り分ける仕組みをもつ
CDOも含みます。
■2.ヘッジ・ファンドのレバレッジ構造が危機を生む
MBS(資産担保で裏付けられた証券)の信用度が高かったため、それを
担保にして、レバレッジで借りる乗数金融が発生します。
例えば、MBS証券の、担保としての掛け目が90%とすれば、以下のよう
に最大10倍に、信用の連鎖が拡大します。
【100億円の元本資金が1000億円の運用に拡大する】
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[(原資産)100億円のMBSの保有]
→[担保価値90億円]
→[90億円を低金利で銀行・証券会社から借り入れる(=レバレッジ
と言う)]
→[別のMBSを90億円買う]
→[担保価値=90億円×90%=81億円]
→[銀行・証券会社から81億円を借り入れる]
→[別のMBSを81億円買う]
→これを繰り返す・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
総合計では、買ったMBSの総額は100億円÷(1−担保の掛け目0.9)=
1000億円になります。もしMBSの配当利回りが6%なら、60億円の年間
配当を受け取ることができる。
最初の資金(元本)は100億円でした。それが、レバレッジで1000億円
のMBSでの運用に化ける。これが信用創造です。元本100億円に対して
は、60%もの高い利回りなります。
【円キャリー取引】
仮に、この借り入れを円資金で行えば、短期金利0.5%付近で借りるこ
とができます。日本に出張し、銀行で借り入れ交渉をする必要はない。
欧州・米国の銀行なら、どこでも円資金の貸し出しをします。「円
キャリー・トレード」という。低金利のマネーを、その国の通貨で借
り、米ドルに交換し、高い利回りのMBS証券で運用する。
円の短期金は、今、0.5%の超低利です。900億円の借り入れでの年間
金利は、わずか4億5000万円です。MBSの利回り60億円−借り入れ金利
4.5億円=純利回り55.5億円です。
円で借りれば、円高リスクを抱えます。しかし8.09信用ショックまで、
円は安かった。逆に、借りた側にはドル高・円安での為替利益すら
加わっていました。
しかし以上は、「順調なとき」です。
【流通価値の下落があると・・・】
仮に、信用度の高かったMBS証券が、米国住宅ローンの破綻の増加によ
って流通価値が下落するとどうなるか?
例えば担保の掛け目は80%に低下します。レバレッジで貸した銀行・
証券会社は、ファンドに追加の担保(合計100億円分)を要求します。
【換金売り】
900億円を借りたヘッジ・ファンドは、緊急に、手持ちのMBS証券を10
0億円分、市場で売って現金を入手せねばならない。そうでないと倒産
します。資金不足での売りは、価格がいくらでも売るという換金売り
です。
資金繰りのための「レバレッジ解消売り」が市場に増えると、今度は
その証券の買い手(銀行や証券会社)も、十分には買えなくなる。
そうすると100億円だったMBSの「流通価格(時価)」が、例えば90億
円に下落します。
MBSの利回りは6%と仮定しましたが、90億円に下がれば、6%÷90%=
6.6%に上昇します。これが金融マーケットの、金利上昇です。証券価
格が下落すれば、金利は上がる。
担保とした証券の信用度、言い換えれば流通価値、更に言えば価格が
下がると、「レバレッジ金融」を行っているヘッジ・ファンドと、銀
行・証券会社の双方が、同時に「資金繰り危機」に陥ります。
これが『8.09信用危機』でした。
この信用危機の連鎖をとめるため、欧州中銀と米国FRBは、緊急に、1
ヶ月で100兆円もの資金注入を行った。
この100兆円は、今回の信用危機の、「今までの」大きさを示すもので
す。これによって、欧州、米国、そして世界の金利の高騰を抑えたと
言っていい。
もし欧州中銀と米国FRBが緊急資金注入のタイミングと金額で遅れたと
仮定すれば、欧米の金融機関では連鎖倒産が起こって、証券は下落し、
金利は「一夜」で数%も高騰したでしょう。
実に、危ないところでした。
【本質】レバレッジ金融では、担保とする証券の流通価値の下落で、
信用危機の連鎖が起こる。
■3.8.09で信用問題になったCDO(Collateralized Debt Obliga−
tion:債務担保証券)の仕組み
CDO(債務担保証券)の仕組みは、1980年代の金融工学で開発され
ていました。
CDOが巨額になったのは、全米の住宅が1年10%近く上げた2000年代
です。住宅ローンでは、回収リスクの高いサブプライム・ローンが、
その年度の新しい貸し出しの20%〜30%を占めるように大きくなって
いました。
MBS証券の仕組みは、前記のように単純ですが、CDOは以下の2
つの点で、単純なMBSと異なります。
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(1)性格が異なる複数のローン債権を、合成する。例えば信用度は
高いが利回りは低い公社債と、金利は高いが回収リスクが高いサブプ
ライム・ローンを、ひとつのバケツに入れて混合する。
↓
(2)合成した上で、回収権(受益権)を、優先と劣後という概念で
3段階に切り分け(トランシェし)、それぞれ別の証券とする。
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(重要)「優先」とは優先債(または優先株)と同じく、ローン回収
から、優先して配当を受け取ることができる受益権です。
「劣後」とは劣後債(または劣後株)と同じく、優先債が回収された
後の受益権しかもたない。そのため回収リスクが高く、リスクを補う
ために利回りは高い。信用度の低い会社が発行するジャンク・ボンド
(ボロ債)のようなものだと思えば近い。
CDO(債務担保証券)の特徴は、
(1)各種証券の合成と
(2)優先・劣後への切り分けです。
以下のような構造を持ちます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
[公社債・消費者ローン・
各種住宅ローン債権・各種の資産担保債権を合成する]
↓
(1)シニア債(格付けAAA:ローリスク・ローリターン)
(2)メザニン債(格付けAA〜BB:中リスク・中リターン)
(3)エクイティ債(格付けなし:ハイリスク・ハイリターン)
の3種のリスクに切り分け、信用度が異なる3種の証券を作る。
↓
[金融機関・投資家・投資信託・ヘッジ・ファンドが買う]
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『シニア債』は、主に政府系の住宅金融会社、銀行・証券・投資信託
が「国債のように」買っています。
他方、危険ですが利回りの高い『エクイティ債』は、高いリターンを
求めるヘッジ・ファンドや、短期で高い利益率を求める投資家が買う。
シニア債、メザニン債、エクイティ債は、原資産(各種のローン債権)
を元にして作った金融派生商品です。
回収リスクを減らすための「クレジット・デリバティブ」も絡んでい
ます。
■3.CDOの基本構造を知るための問い
以降はCDOの仕組みを、単純化して理解するための3つの問いです。
【問い1】
2年後一括返済で、デフォルト(破綻リスク)が20%と想定されるロー
ン債権1億円がある。その理論価値は、いくらと計算できるか?長期の
期待金利は、6%とする。
【答え1】
1億円×(1−デフォルト・リスク20%)÷(1+金利6%)の2乗≒
8000万円÷1.12≒7143万円
このローン債権を「証券化」して売れば、市場では、7143万円以下の
価格になるでしょう。
デフォルトしなかったときは、
利回りは1億円÷7143万円=140%・・・40%以上とハイリターンです。
価値を割り引く金利が下がれば、その価値は上がりますが、金利が上
げれば、価値は下がるのは当然です。
▼次は、合成証券への問いです。
【問い2】
デフォルト確率が5%のプライムローン債権が5億円、デフォルト確率
が20%と高いリスクのあるサブプライム・ローンが2億円ある。単純に
するため、2年後の一括償還とする。『両者を混合』して作った証券の
理論価値は、いくらか?
【答え2】
{5億円×(1−デフォルト・リスク5%)+2億円×(1−デフォルト
・リスク20%)}÷(1+金利6%)の2乗={5億円×95%+2億円×
80%}÷1.06の2乗=6.35億円÷1.12≒5.65億円
この額面7億円の合成証券は、5億6500万円以下なら、金融市場で売れ
る可能性が高くなります。
6%以上の利回りが期待できるからです。
▼優先、劣後の切り分け(トランシェ)への問いです。
【問い3】問い2と同じ回収リスクをもつ合成証券において、5億円部
分を優先債とし、2億円部分を劣後債とする。
優先債は、回収された分を100%優先して受け取ることができるとする。
劣後債は、優先債が回収した後の残りからしか回収できないとする。
この優先債(=シニア債)と劣後債(=エクイティ債)の理論価値は
いくらと計算されるか?
●[5億円の優先債部分(シニア債)]
7億円の合成証券の金利を考慮しない価値は、6.35億円でした。
6億3500万円分は回収できることを示しています。
5億円の優先債には、回収分が優先して配当されますから、5億円の債
権はノンリスクに近くなります。
このリスク率は、政府が売る国債と同等とみなすこともできます。従
って、市場金利の6%でだけで2年分を割り引けばいい。
ここで、回収が保証はされなくても、優先への切り分けという方法で、
格付けAAAの証券(国債クラスの信用)が誕生します。
5億円÷(1.06の2乗)=4.45億円・・・このシニア債は4億4500万円の
理論価値をもつことになります。
デフォルト・リスク高い住宅ローンや他の消費者ローン、カードロー
ンの債権から、「国債と同じ理論価値をもつ債権部分が抽出された」
ことになります。
AAAの格付けの証券は、一般に、回収リスクはほとんどゼロとされます。
しかし住宅ローンや他のローン債権の延滞や破綻率が、想定より高ま
ればリスクはある。保証があるわけではない。
●[2億円の劣後債部分(エクイティ債))]
他方、2億円の劣後債部分は、5億円の優先部分が抜かれているので、
回収可能性の部分として、6億3500万円−5億円=1億3500万円しか残ら
ない。
この回収価値を2年間の金利で割り引けば、
1.35億円÷(1.06の2乗)=1.2億円です。
(注)5億円額面の優先債の価値が4.45億円、2億円の劣後債が1.2億円
ですから、両者を合わせた価値は、もとの5.65億円と変わらないのは
当然です。金融に、錬金術はない。以上はCDOの構造を知るための
単純化した例です。
劣後債(エクイティ債)に切り分けた部分は、回収リスクが高くなり
ます。そのため、想定利回りは、普通20%以上と高い。
破綻企業が発行する『ジャンクボンド(ごみ証券)』のようなハイリ
スク・ハイリターン証券が生まれます。
■4.CDO(債務担保所証券)の売買不能
合成証券であるCDOでは、社債、自動車ローン債権、消費者ローン
債権、住宅ローン債権など、リスクの異なる多種多様の債権が、混合
されます。
(1)「デフォルト相関(つまり同時破綻のリスク)」を低める目的
で、同時にはデフォルトしないと思われるものを混合します。
異なる性格の資産を選ぶ「ポート・フォリオ投資」と同じです。例え
れば鍋料理でしょうか。
(2)そして3種に分割(トランシェ:切り分けるという意味の仏語)
され、別の証券になる。鍋料理で、おいしい具から順に取り上げ、3種
にわけると言っていい。化学調味料に相当するのが、格付けでしょう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
●シニア債(優先債:格付けAAA:ローリスク・ローリターン部分:利
回り6%等)、
●メザニン債(格付けBB:中リスク・中リターン部分:利回り9%等)、
●エクイティ債(劣後債:格付けなし:ハイリスク・ハイリターン部分
:利回り20%等)です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
魚で言えば骨に当たるエクイティ債は、格付けもなく、そのままでは
売れにくいので、クレジット・デリバティブ(債権保険)が組み合わ
せられます。これを高い利回りを求めるヘッジ・ファンドが買ってい
ます。骨についた残り肉でしょう。
別の表現では、エクイティ債は、ダンボール入り肉まんの、ダンボー
ルの混入が多い可能性がある部分と言えばわかりやすいでしょうか。
デフォルトのリスクは、高い。別の例えでは、鍋料理でのふぐの毒を
含む部分のようなものとも言えます。
【ジャンク債並】
そのため価格は安い。しかし、エクイティ債が実際にダンボールや毒
(デフォルト)になったときは、ハイリスクな理論価値はあっても、
実際に売るときの流通価値は、ゼロに近くなる。
数理的に価値が計算されたシニア債、メザニン債、エクイティ債の実
際の売買価格が、市場が買う価格です。
1億円の理論価値と計算しても、もっと安くしか売れないこともある。
これが「流通価格」です。
計算された理論価値と、実際に売れる流通価値は、異なります。
しかし、8.09以前は、これが混同されていたのです。
回収のリスク(債権混合で混入したダンボールや毒の部分)が分散さ
れているから危険は少ないという説明が、逆に、多くの証券に不良部
分が含まれるのではないかという疑念も生んだことが流通価格を大き
く下げる原因にもなりました。
毒が多い鍋だったと、人々に認識されたと言っていい。原因は、2006
年からの住宅の価格下落と、ローン延滞率、デフォルト率の増加です。
【問題の本質】
根底の問題は、デフォルト・リスク率(毒の量)の見積もりです。
このリスクの見積もりは、CDOを組成する金融数理の専門家、つま
り「クオンツ」が行う。リスクでは、過去のデフォルト率の統計を使
います。
これらの証券の、原資産の一部となったサブプライム・ローンは、低
金利(米国の政策金利も1%)と低い金利が生んだ過剰流動性を原因に、
住宅の上昇率が高くなった2003年ころから増えた、新しい方法の住
宅ローンです。
歴史がなく「リスク率想定」が適正でなかったといえます。
実際に、毒がどの程度含まれているか、統計がなかった。
▼リスクを低く見積もった
高いリスク率を想定すれば、格付けのないエクイティ債や、格付けが
低いメザニン債が売れなくなり、証券会社も手数料を稼げない。格付
け会社も証券会社から格付け料をもらえない。
売る在庫の全部に、良品という格付けをしたくなる誘惑がある。
そのため仲間内で、リスク率を低く見積もる(空気としての)モラル
ハザード(職業倫理の障害)があったとも言えます。
証券の理論価値は、リスク率のパラメータの設定で、大きく変わりま
す。
【8.09に流通価値の急落が起こった】
米国の住宅価格が下落に入り、妥当な金利プライムローンへの乗り換
えができなくなり、サブプライム・ローンの延滞率が15%を超えたこ
ろから、CDOの流通価値が低くなって、売れなくなった。
つまり「流動性危機」が起こった。毒が多いと認識されたのです。
■5.残高$2兆1800億(250兆円)のABCPCに及ぶ
次は、銀行間の短期資金の取引です。
▼金融機関間の資金の貸し借り
金融機関は、CDO証券等を担保にしたコマーシャル・ペーパー(ABC
P:Asset Backed Commercial Paper:資産担保のコマーシャル・ペー
パー)を 別の金融機関に買ってもらい、短期資金を調達しています。
金融機関が短期資金の調達のために発行していたABCPの残高は、
8.09信用ショックの前日の8月8日では、$2兆1800億(250兆円:史上
最高額)と巨額になっていました。
●銀行や証券会社の、資金融通での相互依存が、高まっていました。
この「インターバンク(銀行間)市場」が、事実上、停止してしまっ
たのが8.09でした。
インターバンク間の取引の停止は、金融機関の倒産(黒字倒産を含む)
の連鎖も生む可能性があります。
【今日の決済ができない金融機関は倒産する】
金融機関は利益の赤字だけでは倒産しない。業務利益が黒字でも、決
済に必要な資金が不足すると、決済ができず倒産します。
短期資金の借り換えができないと、資金不足の金融機関とファンドに
は、即日に連鎖倒産が起こります。手形のジャンプを断られた亜会社
と同じになる。
▼中央銀行に、金融機関がもつ当座預金口座
金融機関の間の、貸し借りを含む資金移動には、各国中央銀行に金融
機関がもつ『当座預金』が使われます。
この当座預金の口座残高は、中央銀行が管理できます。
連鎖倒産を防止するため、欧州中銀と米FRBは、異例の、1週間で42兆
円の資金供給(コマーシャル・ペーパーや短期証券の緊急購入)を行
い、金融機関の当座預金に、現金を振り込んだのです。
そして投資家は、余った短期資金を、額面金額の償還を国が保証する
リスクフリーな短期国債に振り向けます。
このため短期国債の価格が上がって、金利は下がったのです。(注)
短期国債の利回りが、短期金利のベースになります。
■6.CDO(債務担保証券)の売買不能という危機に展開
CDO(債務担保証券)の金融機関間、投資家間流通が難しくなった
理由は3つです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(1)住宅ローン破産の増加予測から、CDOの格付けとリスク計量
(=理論価値)に、疑念が生じた。
↓
(2)そのため複雑な組成のCDOは、理論価値は計算されても、流
通価値では、はるかに下回る価格(額面の35%等)に下落した。リス
クを恐れて買い手が少なくなったからです。
↓
(3)金融機関とファンドの間で、誰がどんな内容の含み損とリスク
を抱えているか、お互いの疑心暗鬼が生じた。CDOの組成が複雑で、
格付けが信用できず、リスクが分からないからです。
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ここが、単純だったわが国の不良債権問題(約100兆円規模)と異なる
点です。
【流通価値の評価ができない事態】
多種の債権で組成されたCDO(債務担保証券)の、毒の割合がわか
らず、価値判定がつかなくなってしまった。(注)1ヵ月後の今も価値
評価はできていません。格付け機関は、CDOの格付けランクを切り
下げています。
2006年のCDOの販売額は、前年比1.5倍の、$9180億(110兆円)と
巨額です。
投資銀行のCDO組成の手数料は、額面の0.45%〜0.75%と言われま
す(草野グローバルフロンティア代表草野己氏:エコノミスト07.9.1
1号)
証券会社は100億円のCDOを作って売れば、償還まで、その0.45%〜
0.75%、つまり4500万円〜7500万円の手数料が稼げます。このためC
DOが巨額化した。利益率が高かったのです。
金融機関とヘッジ・ファンドにおける低金利資金の過剰が、信用度の
低いエクイティ債やメザニン債を含むCDOへの大きな需要を生んで
いた。
世界の金利の低さが、リスクを小さく見せていたのです。
●根底では、1980年代の日本ほどではなくても「米国の住宅価格は上
がり続ける」という神話が形成されていたように感じます。買った住
宅の価格が上がれば、ローンの延滞率は減ります。
借りた2年後から、金利が10%〜15%に上がるサブプライム・ローンも、
2年間で住宅価格が上がれば、普通の30年固定金利のローン(金利が
約6%+アルファ:プライムローン)に借り換えることができるからで
す。
■7.まとめ
【1.MBS】
米国の住宅ローン債権は、MBS(Mortgage Baked Securities:住宅
担保証券)として、まず、政府系金融機関(ファニー・メイ、フレデ
ィ・マック、ジニー・メイ)が保証する証券になり、国債並みの高い
格付けで、世界の金融機関・投資家に売られていた。
【2.合成証券のCDO】
2000年代には、住宅ローンを対象にしていたMBSから、CDO(Co−
llateralized Debt Obligation:債務担保証券)が組成された。
CDO(債務担保証券)は、信用度と回収リスクが異なる住宅ローン
(プライムローン、ALT-Aローン、サブプライム・ローン)と、自動車
ローン、消費者ローン、および他のローンを複雑に合成したものだっ
た。
(注)いずれも、米国の世帯のローンによる過剰消費の結果を債権と
して証券化したものです。米国の個人消費は$9兆(1000兆円)と日本
のGDPの2倍に相当します。
【3.3種に切り分け】
更にCDOでは、優先・劣後の概念を使い、
(1)シニア債(ローリスク・ローリターン)、
(2)メザニン債(中リスク・中リターン)、
(3)エクイティ債(ハイリスク・ハイリターン)の3種に切り分け、
別々の証券が作られた。
シニア債はAAAの高い格付けであり、メザニン債が BB等の格付けを
得ていた。
MBS(Mortgage Baked Securities:住宅担保証券)やCDO(Coll
ateralized Debt Obligation:債務担保証券)は、米欧の金融機関、
機関投資家、ヘッジ・ファンドが大量保有している。
それらMBSやCDOは、インターバンク(金融機関間)の短期資金
の貸借に使われるコマーシャル・ペーパーの担保になっていた。
しかし、2006年に始まった米国住宅の価格下落と、延滞率の上昇から、
CDOの信用に疑念が生じ、ついに07.8.09に、
・まず欧州で、
・次に米国で、
銀行間取引が急減するという異常事態を生んだ。
【4.欧州中銀と米国FRBは100兆円を注入】
ファンドと金融機関の連鎖倒産を恐れた欧州中銀と米国FRBは、世界の
銀行史上初めての規模(1週間で42兆円)の、緊急の資金供給を行い、
危機の抑制に努めた。
緊急資金供給は累積で100兆円くらいに増え、現在に至っている。
本稿はここまでです。
信用危機の本質的な問題は、解決されていません。
CDOの保有で金融機関やファンドが蒙った損は、含み損のままです。
【本番は07年10月】
8.09信用危機は、9月末から10月が本番を迎えます。
損が消えていないからです。
冒頭でその信用連鎖のメカニズムを示した「レバレッジ金融」では、
大きな含み損を抱えたヘッジ・ファンドの信用危機(資金繰り危機)
が、銀行・証券に、即日に連鎖します。
今は、レバレッジ構造が組み込まれたタイトロープ(綱渡り)金融で
す。
【後記】
欧州中銀、米国FRBは、近々、0.25%〜0.5%の利下げをするはずです。
危機が収まっていず、逆に、拡大しているからです。
年間100兆円の資金の流入超過(=証券の売りの超過)が必要な得米国
が「利下げ」をすればどうなるか? 日本を含む他国も協調利下げを
しないと、米国の証券が売られます。これはドル安を意味します。波
乱は続きます。
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無料での試読が、最初の一ヶ月間できます。
<338号:これからの物価と資産価格>
2007年8月7日号
【目次】
1.金融資産は別の人の金融負債
2.1980年代以降の米国で進んだ負債の証券化
3.米国の住宅ローン
4.住宅資産が生活の保障
5.サブプライム・ローンのデフォルト(返済不能)の増加
6.米国の政策金利の推移
7.米国への資金循環の構造
8.世界の資産価格が上げたのに、金利が低い理由
9.世界の金利は上がり始めたが・・・
10.最後に残るのは、経済メカニズム的なソリューション
<339号:8.09ショック:
サブプライム・ローン問題から現れた信用危機>
2007年8月15日号
【目次】
1.わが国の株・不動産価格の高騰と下落のプロセスを振り返れ
ば
2.8.09危機の淵源はどこにあるか?
3.ヘッジ・ファンドという巨額金融機関が生まれた
4.運用利回りの低下から損失へ
5.ヘッジ・ファンドの運用結果はS&Pの株価指数の買いと同じ
6.8.09ショックの本質は、ヘッジ・ファンドの運用損失の表面化
7.プライム・ブローカーは、サブプライム・ローンとモーゲー
ジ債券の関係では、増加資金を出さないと表明した
8.ヘッジ・ファンド危機が増えたときの中央銀行の対応から予測
できること
<340号:8.09ショックの展開:
サブプライム・ローン問題から現れた信用危機(2)>
2007年8月22日号
【目次】
1.「信用」というもの
2.具体的な信用
3.信用はマネーの源であるが。それは増やすことができる
4.米国の1500兆円の住宅ローン債権はいくらの価値があるのか?
5.年齢構造による米国の住宅価格シミュレーション
6.米国の消費経済
7.世界の中央銀行の対応
8.米ドルの崩落が予想できる
<341号:寸前で回避された信用恐慌の行方>
2007年8月29日号
【目次】
1.世界の信用恐慌は、寸前で回避された
2.インターバンクの短資市場
3.FRBは、異例の特別融資(特融)を行っている途上
4.信用恐慌は応急に回避されたが
5.あらゆるもののボラティリティが高くなっている
6.資産バブル崩壊に向かうのか?
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