安倍元首相が奈良の西大寺駅前で、ロスゼネ世代の暴漢のテロに遭っ
て、亡くなられました。仕事場で、エレーヌ・グリモーのショパンを
聴いているときでした。オーディオの手入れは、3日とあけず、細か
く行っています。機械のチューニングに当たるものです。

家人が上がってきて「安倍さんが撃たれたよ！　すぐ4チャンをかけ
て」というので、TVをかけると心肺停止の状態という。日常用語では、
心臓がとまった即死の状態です。（本稿は、有料版・無料版に共通で
す）

【蘇生処置】
事件の50分後にドクターヘリで着いた病院で施されたのは、「止血と
輸血の蘇生処置」でした。担当の医師は、100単位の輸血という。

1単位を調べると200ミリリットルですから、20リットルという「大
量」です。成人の血液量は5リットルくらいですから4倍です。大量の
出血が、止まらなかったのでしょう。銃弾は、体内を不規則に動いて
臓器を破壊するという。心室にも穴が開いていたという所見でした。

【MMT】
当方は、理論的な誤りがあるMMTには、2013年から9年一貫して反対し
ていました。その意味では、反安倍政策でした。

22年3月以降は、ヘッジファンドの円国債先物の売りにより10年債の
金利が0.25％を超えるときがあり、日銀は、1が月で16兆円もの10年
債を買い増しています。現在、異次元緩和のピークの、約2倍の金融
緩和（＝円の増刷）が実行されています。

【安倍元首相のポジション】
2022年の米国と世界経済そして日本経済は、戦争とインフレからクリ
ティカルな時期を迎えています。安倍元首相は、「院政」というまで
はなくても、清話会という党内最大派閥の長であり、辞任後も政策と
政治に、最大の影響力を持っていました。

今日の参議院選挙の投票、7月11日以降の政局（党内の権力闘争）、
そして何よりも、日銀の7月、8月の金融政策（指値オペ）に与える影
響は大きいでしょう。

【確率的に低いことへの、事前対応がない日本社会】
TVキャスター、解説者、政治家の言葉で、気になった日本文化（＝集
団の行動様式）があります。「あり得ないことが起こった」という認
識です。

あり得ないことは、英語では、「what should not be happened」で
しょうか。「（人間の世界では）起こるべきでないこと」が起こった
というものです。

防衛や警護は「テロという、あり得ないもの」に備えるものです。わ
が国では「あり得ないことは起こらない」という弛緩した未来が、現
場のSPや警官にまで及んでいるのではないかと、感じたのです。

【警察の警護のミス】
その証拠として、動画を見ると、素人の常識でもわかる、3つの警護
ミスがあります。

（1）外観では正体が分からないものもつ聴衆を、SPや警官がチェッ
クするのは、警護の普通の義務です。これを、行っていなかった。

ただし不特定の人が集まる選挙演説では、事前チェックが難しいので、
以下の2番目の警護をしなければならない。

（2）安倍元首相を囲む警護では、最小でも4点に立ち、元首相の視線
ではなく、視線と逆の方向も監視していなければならない。

5ｍも離れて立ち、元首相と同じ方向の前方だけを見ることはしない。
安倍元首相は低い演台に立ち、四方が数10mも開いていて、狙いやす
い危険なポジションにいました。四方を囲む警護は、必須です。警護
配置の打ち合わせがなく、単に来ただけとすれば重大な業務怠慢です。

（3）犯人は、後ろから、40ｃｍくらいの黒テープで巻いた手製の銃
を抱え、ゆっくり近づいていました。カメラに見えるものではない。
一見しても銃器です。警備員が背後を見ていれば、SPや現場の警官が
取り押さえる、20秒くらいの余裕はあったのです。

要人の警護では、四方の監視カメラの、上からの映像をリルタイムで
本部に送り、怪しい動きをする人物が1人でもいれば、警備員のイヤ
フォンに警護の指示をします。これも、行っていなかった。奈良県警
は、なぜ行わなかったのかの、説明をしなければならない。

事件に対する「起こるべきでないこと」という奈良県警の認識は、確
率的にごく少ない未来に備える姿勢ではなかったことを示すのです。

今回の事件は、容易に、警護の初歩でも防止できるものでした。日本
の安全神話に乗っていた警察組織の弛緩が、この事件の直接的な原因
と断言できます。

政府の財政破産も同じです。「日銀が国債を買って、円の金利を抑え
ることてできるから、財政破産は、絶対に起こらない」、これも神話
です。

◎これらは、現在の日本人の意識に共通した、欠陥でしょう。統計的
にマレなことは「将来も起こらない」と認識する文化が、この国には
あるようです。なぜこうなったのか、淵源は分からない。

「方丈記的な認識」・・・世の中は何が起こるかわからない。
生々流転を、あきらめることになっているのか。

われわれがよく使う「仕方がない（There's no way.　That's lif
e）」という言葉にも表れています。これは自然史観です。
警護、安全保障と国家防衛、原発の安全にも現れています。

万一に備える防衛では、仕方がないとしてはならない。確率的にマレ
なことは起こらないことではない。標準偏差の正規分布ではテールエ
ンドのブラックスワンのように、マレに起こります。これが「複雑系
の事象での統計学的な未来」です。

突然いいますが、これが商品の発注のとき、「安全在庫」を計算して
加える理由です。安全在庫＝安全係数×標準偏差×√（調達期間）。
　2.5％（40回の発注で1回）の欠品確率に収めるなら、安全係数は2
です。統計的にマレなことが起こらないなら安全在庫は要らない。

安倍首相のテロでの死亡は、SPと警官、そして日本社会の、「あり得
ないことは起こらない」という神話的な認識からの人災です。

一体、何のための、万一に備える警護だったのか？　警察にも蔓延し
た、弛緩した組織文化を、強く非難します。米国なら、起こらなかっ
たことでしょう。

事件は、警護の3つの初歩的な基準を守っていれば、防ぐことができ
たからです。複数のライフルでの、ケネディの暗殺とは技術水準が違
います。

【ロスゼネ世代】
もう一点気になったのは、犯人が41歳・派遣社員（元、任期あり自衛
官）で、100社を会社訪問しても採用されなかったというくらい就職
に苦労している「ロスゼネ世代」であることです。

資産バブル崩壊後の平成の、社会的な病の被害者です。たぶん生活と
結婚の未来が閉ざされていると考える人が多い世代です。結婚してい
て子供もいて、平均的な生活（これが中間層）に困らない所得がある
人が、こうした事件を起こすことはごくマレでしょう。その意味で、
頻発している子供の虐待に似た、時代的な事件です。

結婚の減少（70万件）と初婚年齢の上昇（夫31.2歳：妻29.6歳）が、
日本の長期停滞を生む少子化の、もっとも大きな原因です。結婚がで
きない原因は、年収250万円以下の非正規雇用です。

非正規は、20歳代で23％、30代19％、40代（ロスゼネ世代：24％）、
50代20％です。犯人が属するロスゼネ世代がもっとも多い。社会への
窓口がある階層では、犯罪率は低い。失業や失業に近い状態、経済的
困難、差別や未来への希望のなさが、犯罪を生みます。

失業と貧困が生んだ、哀しい事件です。個人の能力と活動だけでは出
口がないように見える低い所得は、社会を恨む犯罪の誘因になります。

爆弾と手製の散弾銃を5丁くらい作って、何に備えていたのか。動画
を見ると、鉄パイプを切って、入手が容易な黒色火薬（大量の白煙を
発する）をつめ、パチンコ玉のような鉄球か鉛を入れて、銅線を火薬
に差し込み、電池で発火させるものでしょう。

銃1本に、3本の筒をつけ、6発（合計18発）の銃弾が入っているとい
う。5ｍ以内の至近距離を狙う強力な銃です。2022年の春に作ってい
たともいう。

オーディオ工作用の万力、カネノコ、電動ドリル、電動工具をもつ当
方でも、説明書があれば作ることができるレベルのものです（ただし、
工作ときや、発火のときの安全性は別です）。

【計画性】
製造の、準備期間を思えば、機会を狙っていた「計画性」があります。
衝動的な事件ではない。犯人は、前日、岡山市での安倍元首相の選挙
演説にも行っていたと、供述しています。行動を追いかけ、もっとも
いい機会を狙う計画的なものです。

そして、3ｍの至近距離からとは言え、2回発射して即死に至らせるの
は、訓練を受けたスナイパーのレベルの腕です。これも、頭を狙った
銃弾が、首から心臓に達した偶然か。銃では至近距離で撃っても強い
反動で外すことが多い。暴力団の抗争で、よく見られます。急所を狙
って即死させるのは、頭以外では難しいのです。

事件の動機と背景は、まだ分からない。犯人の様子では、精神的な病
にも見える点はあります。精神的な病は、社会的なものです。

全容は、こうした事件での「警察の常」として明らかにはならないで
しょう。米国でも、ケネディ暗殺は、オズワルドの単独犯とされてい
ます（これはあり得ないことです）。

【警察組織の弛緩】
奈良県警の、記者会見の言葉の水準は、明らかに低かった。多くの大
企業の、不祥事や赤字への、真実を隠す記者会見と共通しています。

日本の組織の、全体的な活力の衰退を、示すものかもしれない。メデ
ィアと政治の衰退も、その記事の、共通の見出しである「民主主義へ
の許されない暴挙」という平板な言葉（決まり文句）に現れています。

安倍元首相は、首相の辞任のあとも清話会を率い、国民の人気は30％
くらいに減ったものの、自民党内では、最大派閥の権力者でした。犯
人に、思想的な背景や深い意図はなかったように見えますが、この事
件は、現象としては三選の機会も狙っていた実質的な最高権力者への
政治的テロです。

推理小説では・・・とは、飛躍しません。ただ、複数の爆弾と数丁の
手製の銃を、相当前から準備していたことの合理的な解釈に困るので
す。

精神の病ではなく、理性的な計画と目的がなければこんなことはしな
い。人間の、道具を作る行動には、成果という目的があります。銃マ
ニアという個人的な性向に片づけるわけにはいかない。

【社会的な事件】
自殺を研究した社会学の創始者、デュルケームならどう分析したでし
ょう（『自殺論』：1887年）。

家宅捜査の機動隊を見て、脈絡もなく、山梨県の上一色村の第7サテ
ィアンで化学兵器のサリンを作っていたオウム真理教を思い出したの
です。

一般的には、1990年の資産バブル崩壊後、希望の職業に就けなかった
学歴エリートも集まっていたオウムの事件も、社会的には複雑な背景
をもっています（1989～1995年）。

今回は単独犯に見えますが・・・それにしても、2019年のコロナ以来、
確率的に稀な大事件が続く。世界で、何が、起こっているのか。過去、
世紀の始まりには、大事件が多かった。

・18世紀：石炭エネルギーでの英国産業革命
・19世紀：フランス革命から国民国家の成立、
・20世紀：石油・電気価格、中央銀行制度と第一次世界大戦、第二次
世界大戦
・21世紀：ITバブル崩壊（2000年）、9.11同時多発テロ（2001年）、
イラク戦争（2003年）、リーマン危機（2008年）、東日本大震災と原
発の3.11、（2011年）、MMTの実行（2009年～2021年）、コロナ危機
（2020年～）、ウクライナ戦争（2022年）・・・

安倍元首相の「暗殺」は、明治以来の、日本の政治史上の大事件です。

【社会学の仮説】
＜デュルケームが社会学の対象とした「社会的事実」とは、個人の外
にあって、個人の行動や考え方を拘束する、集団あるいは全体社会に
共有された行動・思考の様式のことであり、「集合表象」(直訳だと
集合意識)とも呼ばれている。つまり、人間の行動や思考は、個人を
超越した集団や社会のしきたり、慣習などによって支配されるという
ことである。

個人の意識が社会を動かしているのではなく、個人の意識を源としな
がら、それとはまったく独立した社会の意識が、個人を束縛し続けて
いるのだと主張し、個人の意識を扱う（個人の）心理学的な視点から
社会現象を分析することはできないとして、タルドの心理学的社会学
の立場を批判した（以上：Wikipediaより引用）＞

個人を離れた「社会の集合知（文化＝（慣習＋ルール＋組織）」がこ
れです。われわれの認識は、個人の心理だけからではなく、日本語、
日本文化、そして習俗的な認識を振りまくメディアから来ているもの
が多い。

個人の行動は、「個人心理（個人の価値観）＋主流メディアが振りま
く社会知（社会的価値観）」の、入り組んだ混合の結果でしょう。組
織の主流メディアと、個人のSNSが対立する理由も、これです。

本号は、緊急号です。参院選挙ではおそらく「同情票」が自民の当選
率を上げるでしょう。自公の連立与党＋維新では、憲法改正の起案に
必要な2/3を超える可能性が高い。改憲論者の安倍元首相は、死して、
目的を達成することになるのか。あるいは膨張した自民党が派閥によ
る分裂に向かうのか。日銀の異次元緩和は、どうなるか。22年8月こ
ろから、大きな変化が起こる感じがします。

【日銀が懸念することは、すでに起こっている】
世界の株と債券で、大きな短期売買を行っている海外ヘッジファンド
とインデックスファンド（シャドーバンク：両方の資金量は4000兆円
以上）が、日本の金利上昇を予想し、円国債の現物、先物売りに転換
したことが、もっとも大きな変化です。必死に買い支えているのは日
銀です（1か月16兆円）。どちらが「勝つか？」

【後記】
ゴールドマンの情報で動くことが多い高橋ダンも、円国債を売るとし
て「日本脱出」を匂わせています。

フランスの議会選挙での、マクロンの与党の敗北、英国のジョンソン
首相の辞任、議会の中間選挙（11月）に向かうバイデンの支持率の、
回復の方向が見えない低下、プーチンの勝利宣言、そして、日本では
安倍元首相の暗殺、コロナの7回目の蔓延、参院戦での与党の勝
利・・・これらには、社会の総体における複雑系の連関があるように
感じています。たぶん世界の変化が臨界点に達しつつあるのでしょう。

世界の事象には偶然はない。起こる事象には理由があります。
人間が、その、複雑系の原因を、見極めていないだけです。

当方は無神論ですが、16億人のイスラム教徒にとって「神は見てい
る」。世界観は、人によって違います。

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