アベノミクスのパラドックス(3)
Written by admin on 2013年6月13日 – 09:00
おはようございます。梅雨とは言え、なぜか雨が降りません。ほぼ 3か月、眠るときは夏目漱石を読みます。日本に生き、根底のとこ ろを考え、残してくれたことを、ありがたく思うのです。 【小説論 : 3行×7段落】 残った言葉を読んでいる私の時間は、漱石の、生きた時間と一致し ます。その意味ではナマの現在であり、化石になった過去ではない。 幾度読んでも豊饒な観念を与え、感情を喚起される文章はマレです。 木が、名人の刀によって、貴重な美をあらわすものに変わるように、 画布と絵の具が、画家によって至上の花をあらわすように、漱石が 書いた言葉が、彼の(観念が)生きた世界を写しています。 観念が生きたというのはイマジネーション(想像力)ということで す。小説は、個人が見た、知った、経験した現実をモデルに、ある いは元に、言葉が喚起する想像的なものを使い、脚色したものです。 〔個人 →現実の経験 → 言葉の意味と連なり → 小説の世界〕 ↓ ↑ ↓ 〔共有できない個的な世界〕 〔言葉〕 〔人と共有できる世界〕 例えば漱石の恋愛は、全く個的なものです。誰も、その中身は分か らない。自分でも分かっていず、感情に流されているだけかも知れ ません。この閉ざされた個的な世界の一端を、言葉によって表現す る。 読む人は、漱石が生きた観念の世界を、生きることができる。『草 枕』の漢語をたどれば、小天(こてん)温泉(熊本県玉名市)の自 然、宿、美しいお那美さんが浮かびます。実際に、温泉に入るので はないのですが、漱石が行ったときのことを、言葉で、体験できま す。 それが実際のものであるように、読んだ人が受け取るには、言葉の 技法が必要です。彫刻刀で木を彫れば、誰でも彫刻ができるのでは ない。技術が必要です。小説でも、言葉を使う技術が必要です。 古典的なものをお読みになることを、お奨めします。 理由:(1)根底的なことを徹底して書いているからです。 (2) あなたの人生を、豊かにしてくれるからです。 ▼アベノミクス・パラドックスが生じてきた(3) パラドックスは、矛盾。矛盾は、行き着く先で両立できないこと。 極めて簡単に、その論理を、骨太に示します。 【普通ではない、市場の金利上昇の動き】 黒田総裁が、 13年4月に就任し、実際に、円増発を始めたあと、 市場の金利と国債の価格では、普通ではないことが生じています。 4月に国債を10兆円買い切って(日銀B/Sは174兆円に拡大)、 5月も10兆円増やし(同:184兆円)たのに、 長期金利は0.6%から、0.8~1.0%に上がっているのです。 この金利上昇は、言いようがない、逆の動きです。 日銀がマネー量を、2ヶ月で20兆円(年間ペースは+120兆円)増加 させるのですから、普通、金利は0.3%や0.2%にも下がらねばな らない。 日銀が、毎月10兆円も国債を買い切るのですから、 国債価格は下がるのではなく上がらねばならない。 ところが、 金利は上がり、 国債価格は下がったのです。 これは、アベノミクス・パラドックスの、前兆に見えます。 【アベノミクス】 インフレ目標を2%とし、物価目標の達成のために、 マネー・サプライを6%(金額で70兆円/年)は増やす。 理由は、〔M(マネー・サプライの量)×V(回転速度)=P(物価 水準)×T(実質GDP)〕というフィッシャー等式である。これを、 正しいとする。安倍政権は、マネタリストの立場に立つ。 過去の、マネー・サプライ統計と物価のデータを並べると、日本経 済では、マネー・サプライの増加が1年に+4%のとき、物価が±0 %の上昇だった。それ以下だと、物価は下がる傾向がある。 http://www.boj.or.jp/statistics/money/ms/ms1305.pdf 金融危機の1998年以降、日本のマネー・サプライの増加は、1年に2 %増の平均でしかない。 このため、00年代は物価が下がるデフレになっていた。(注)マ ネー・サプライの量を物価と関係づけるのはマネタリスト的な見解 です。 経済成長には、物価のマイルドな上昇が必要である。消費者物価を 2%上げるには、マネー・サプライの増加を、年6%(70兆円:物価 の基準点4%+2%)としなければならない。 マネー・サプライ(M3:1152兆円:13年5月)の主なものは、企業 と世帯の預金である。企業と世帯の預金を、日銀が直接に増やすこ とはできない。 日銀は、国債を買って、円を増発できる特権をもつ唯一の銀行であ る。日銀が、毎月7~10兆円の長期国債を、買い切る。買い切りに よって、月間7~10兆円の円を、国債を売る金融機関(銀行・生 保)に増加供給する。これは実行できる。 http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2013/ac130531.htm/ 2013年と14年の2年間で、13年5月末には153兆円である〔発行銀行 券82兆円+当座預金71兆円〕、言い換えれば、マネー・サプライの 元になる「マネタリー・ベース」を倍増させる。 このマネタリー・ベースの倍増で増えるのは、金融機関が日銀に預 ける「当座預金」(5月末で71兆円)である。 日銀当座預金は、金利が0.1%と低い。金融機関が、金利がつく国 債を売った代金を、年利0.1%で日銀に預けたまま増やすことはな いだろう。 日銀が国債を買って、マネタリー・ベースを増やせば、 それが貸出しの増加になり、マネー・サプライが増えるだろう。 (注)これは日銀が、黒田総裁で、黙って変更した見解です。白川 総裁の時期には、「日銀が、国債を買ってマネタリー・ベースを増 やしても、それが世帯や企業の預金であるマネー・サプライの増加 にはつながりにくい。」ということでした。日銀は、いつの間にか、 見解を変えたのです。 マネタリー・ベースが300兆円(倍増)に向かって増えると、銀行 は、その増えたマネーを、企業や世帯に低い金利で貸すようになる。 企業は、借りたお金で設備投資をし、 世帯は、住宅ローンで買う住宅を増やすだろう。 そうすると、経済(GDP)は成長する。 経済が成長すれば、マネー・サプライは、1年4%(70兆円)は増え るようになる。マネー・サプライが4%増えると、MV=PTで物価は1 年に2%は上がる経済が定着する。 以上が、インフレ・ターゲット2%のアベノミクスである。 パラドックスは、ここからです。 【金利の原理】 名目長期金利=〔物価の期待上昇率+GDPの実質上昇率+リスクプ レミアム〕です。 物価の期待上昇率が2%、 GDPの期待実質成長率が1%、 リスクプレミアムが1%なら、 名目長期金利は、4%に向かって上がります。 フィシャーの金利公式と言われ、合理的期待形成学派風のものです。 (注)金融工学では、主に、この金利原理を使っています。 自分が100万円を誰かに貸そうとしているとします。物価の上昇が1 年に2%、実質経済成長が1%という条件なら、金利が何%で貸す か? (1)物価上昇と金利: 100円のものが、来年は102円になるのが、物価の2%上昇です。 貸す人は2%の金利がないと、貸すのが損になります。 (2)実質経済成長と金利: 実質経済成長が1%という意味は、所得の実質増加が1%(1万円) という意味です。この分も金利として必要とするでしょう。 (3)貸すときは、いつも回収にリスクがあります。 これも、金利として回収されねばならない。 (注)ケインズは、金利の原理として、「現在、そのお金で入手で きるものをガマンすることの報酬」(『一般理論』)と言っていま す。 以上の〔(1)+(2)+(3)〕を示すのが、 名目長期金利=〔物価の期待上昇率+GDPの期待実質上昇率+リス クプレミアム〕という、フィシャー等式です。 実際の経済では、 ・物価の期待上昇率が2%、 ・GDPの実質上昇率が1%、 ・リスクプレミアムが1%なら、金利は、すぐ4%になるかというと そうではない。 経済学の公式は、数値を入れたときはアバウトなものです。つまり 「市場の長期金利が、理論値の4%を中心点に、波動する。」とい うことです。期間が立つと、4%付近へと収束に向かう。 ●金利と物価の原理が示すのは、アベノミクスがうまく行き、物価 が2%上昇すると期待されるようになって行くと、日本の長期金利 は、現在の0.8%付近から、4%を目指して上昇するということで す。 アベノミクスのインフレ目標2%が達成に向かうと、 ・うまく行ったという理由で、 ・まずいことが「金利の上昇として起こる」というパラドックスが あります。 【原因:政府負債が、GDPに対し大きすぎる】 金利の上昇が、日本経済にとってひどいことを招く理由は、政府の 負債残が1112兆円と巨額で、名目GDP(474兆円:13年3月)の 2.3倍になってしまっているからです。 しかも政府負債は、政府財政の赤字のため、毎年、40~50兆円は増 えます。 http://www.boj.or.jp/statistics/sj/sjexp.pdf 政府債務1112兆円のうち、国債は900兆円くらいです。 国債にせよ借入金にせよ、金利がつく借金です。 【日本には、政府の、債務額の大きさの問題がある】 政府負債がGDPの1倍(500兆円規模)のときなら、長期金利が4%や 5%に上がっても、穏やかなインフレ(2%)を含んで経済(実質GD P)が成長することによる「いい金利の上昇」です。 ところが、政府負債が1000兆円を超えているときは、 ・金利の上昇が、超低金利の国債価格の下落を生み、 ・その国債価格の下落が一層の金利上昇になって、 ・日銀は国債価格を下げないため、一層、国債を買う必要が出て、 ・国債が現金化され、より高いインフレ率に向かうという、「悪い 金利の上昇」になってしまいます。 すぐに、このパラドックスになるのではない。 2015年:インフレ・ターゲット2%を言うアベノミスクがうまく行 けば、必然的になるパドックスが誰の目にも明らかになるのは、20 15年ころと見ています。 必然的とは、政策の方向を変えない限りそうなるということです。 理由を言えば、上記の金利の原理です。 物価が従来のマイナスの期待(-1%程度)から1%の上昇に向かっ ているという認識がはじまると、マイナスだった期待物価上昇率が、 高まり、金利が上がるからです。 2年先は、遠い将来でしょうか、あるいは、近い明日でしょうか。 【日銀は答えない】 日銀番の記者が「インフレ・ターゲットがうまく行って、物価が2 %上がるようになったら、日銀はマネーを絞って金利を上げる「出 口政策」をとらねばならないが、これについて、どう思うか?」と いう質問に対し、黒田総裁は、「出口政策を言う時期ではない」と 答えています。 2年先は、遠い、遠い将来に思えるからでしょう。 【しかし、固定金利で長期国債は売る】 ところが・・・政府は、「額面に対して固定金利の10年もの国債」 を発行します。 10年先の、金利と10年後の元本返済を約束した証券が、10年もの国 債です。2年先が、まだ「出口政策」を言う時期ではないなら、10 年先の金利は、一体、どうなるのか? 国債を買う側の心理が、こ れです。 「金利0.8%の10年債」を買うには、10年間の、市場の平均金利が 0.8%か、2%か、4%かを判断せねばならないのです。 黒田総裁は、将来の市場金利について答えない、無視すると言う。 記者も、この答えを暴論とは感じてはいません。 0.8%の金利で、10年満期の債券を発行することは、本当は、向こ う10年間の金利は0.8%と宣言するのと同じです。金利を0.8%と 見るから0.8%で発行する。国債を買う側に立てば、これが分かる でしょう。0.8%の金利が妥当と思うから、国債を買う。 【異常に低い金利が、普通になっている】 現在、向こう10年間の金利見通しは、世界の誰も言わなくなってい ます。それでいて、目下の金利は、とても低い。 逆茹(ゆ)で蛙のように、異常に低い金利に慣れてしまった。 (注)長い期間で見た歴史的な金利は、3%~5%でした。 08年9月のリーマン危機以降、 ・世界の金利が異常に低く(米国2.1%;ユーロ1.5%;日本0.8 ~0.9%)、 ・中央銀行が合計700兆円(FRB300兆円+ECB300兆円+日銀100兆 円)のマネーを増発した上での、経済・金融が現在です。 08年以降、5年続いています。5年で、皆、正常な感覚がなくなって いるようです。5年は長い。高校2年生が大学を出る期間です。これ からも永遠の低金利が続くように、錯覚してしまうくらいの期間で す。 2013年の株価の乱高下と、異常さがある金利の動き(変化割合は乱 高下)も、非常時の金融、つまり700兆円の量的緩和マネーの上で のものです。 本稿では、 最初に、国債価格と金利の奇妙な動きを、 次は、これもまた異常に見える日米の、国債と金利の動きを、論じ ます。そして、1日500円の幅で乱高下している株価です。 2015年ころに想定されるアベノミクス・バラドックスが、6ヶ月く らい先の期待で動く株価と金利面で、まだわずかですが、生じてき たのか、です。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <658号 :アベノミクス・パラドックスが生じてきた(3)> 2013年6月12日号 【目次】 1.解釈に困る金利の上昇と、 国債価格の下落は、なぜ起こったのか? 2.黒田日銀で国債金利が上がり、国債価格が下がっている 3.なぜ、日銀が異次元の緩和に乗り出したあと、 普通とは逆に、金利が上がったのか 4.昨年比25%の円安から、夏からの輸入物価上昇は、確実 5.日銀は、長期金利の上昇を抑えることができるのか? 6.海外ヘッジ・ファンドと投資銀行の先物売りが起こると、問題 7.証券会社の、自己売買での売り超〔5月の5週〕 【後記】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 株価は、相変わらず、日々のニュースに反応して、2%から3%の大 きな幅(±500円)で、乱高下しています。この根底の理由は、日 米欧の経済が、08年以降、700兆円の中央銀行マネーの上にあるこ とです。このため、FRBのバーナンキのちょっとした発言で、動揺 する。 いや、ヘッジ・ファンドの実際の、現物と先物の売買の動きは、小 さなニュースに大きく反応し、利益のため価格変化を拡大させてい ます。 今週の金曜日は、日経平均225(株価指数先物)の、反対売買で清 算せねばならない限月(げんげつ:契約期限)です。3月、6月、9 月、12月の第二金曜日です。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【ビジネス知識源アンケート:感想は自由な内容で。 以下は、項目の目処です】 1.内容は、興味がもてますか? 2.理解は進みましたか? 3.疑問点、ご意見はありますか? 4.その他、感想、希望テーマ等 5.差し支えない範囲であなたの横顔情報があると、今後のテーマ と記述の際、より的確に書くための参考になります。 気軽に送信してください。感想やご意見は、励みと参考にもなり、 うれしく読んでいます。時間の関係で、質問への返事や回答ができ ないときも全部を読み、共通のものは、記事に反映させるよう努め ています。 【著者へのひとことメール、および読者アンケートの送信先】 yoshida@cool-knowledge.com ◎購読方法と届かないことに関する問い合わせは、ここにメール → reader_yuryo@mag2.com ■1.有料版は、新規に登録すると『無料で読めるお試しセット』 が1ヶ月分送信されます。以下は、最近のものの、テーマと目次の 項目です。興味のある方は、登録し、購読してください。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <648号:随想:文章の、表現技法の価値(1)> 2013年4月17日号 【目次】 1.シェークスピアの表現の、高度さ 2.事例はシェークスピア 3.漱石による、文章表現論 4.空間的な作用も含ませた、シェークスピアの表現 5.『明暗』の文章を、書いた漱石の方法で解釈する ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 有料版では、新規に月中のいつ申し込んでも、その月の既発行分は、 全部を読むことができます。最初の1ヶ月間分は、無料お試しセッ トです。その後の解除は自由です。継続した場合に、2ヶ月目の分 から、課金されます。 (1)『会員登録』で支払い方法とパスワードをきめた後、 (2)登録方法を案内する『受付メール』が送ってきて、 (3)その後、『購読マガジンの登録』という3段階の手順です。 【↓会員登録と解除の方法】 http://www.mag2.com/howtouse.html#regist ◎登録または解除は、ご自分でお願いします。 (有料版↓) http://www.mag2.com/m/P0000018.html (無料版↓) http://www.mag2.com/m/0000048497.html (以上) ■「有料版を解約していないのに月初から届かなくなった。」との 問い合わせが、当方にも多いのですが、ほとんどの原因は、クレジ ットカードの「有効期限切れ」です。 なお、登録情報の変更は、まぐまぐの『マイページ ログイン』の 画面を開き、登録していた旧アドレスとパスワードでログインして 出てきたマイページで、メールアドレス、パスワード、クレジット カードを新しいものに変更できる仕組みです。クレジットカードの 変更、送信メールアドレスの変更、パスワードの変更などに使って ください (マイページ・ログイン↓) https://mypage.mag2.com/Welcome.do または↓ https://mypage.mag2.com/mypage/creditcard/CreditCardMenu.do 新しいカードと有効期限を登録すると、その月の届かなかった分を 含んで、再送されます。 なお、有料版と無料版メルマガの、購読方法の電話での問い合わせ は、以下です。075-253-1244 (平日午前10時~午後5時まで) ◎ビジネス知識源:経営の成功原理と実践原則 のバックナンバー・配信停止はこちら ⇒ http://archive.mag2.com/0000048497/index.html |